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第6話 入寮 206

 サイカの笑顔の違和感を頭の片隅に引っ掛かけたまま、午後4時、入寮の時間になったので、俺はルルップたちと別れて、入寮説明会の会場へ向かった。1人で学園の敷地内を移動するのは初めてで、女子高生とすれ違うたび、少しずつ身体が硬直し、会場に着いた頃には、モアイ像になっていた。中高多くの新入生が集まる中、俺はモアイ像の姿をしたまま、寮長の説明を聞いた。重たい石像であるにもかかわらず、周囲から異様に浮いていた。


 部屋分けのリストと鍵を受け取って、会場を出る。重たいモアイ像の身体を難儀にゆっくり動かしながら、俺はやっとのことで自分の部屋に到着した。扉には「206」という数字があった。


ガチャリ


 扉を開けて中に入ると、まずはしっかり玄関があった。玄関の向こうは突き当りで、右に廊下が続いている。廊下の左側には住人それぞれの個室があり、扉が均等に4つ並んでいる。俺の部屋は奥から2番目らしい。廊下手前の右側には、キッチンの付いた居間があって、造りそのものはルルップの部屋と同じであった。しかし彼女の部屋にあった生活感が、そこにはまだ育まれていなかった。居間の向こうにはトイレがあって、廊下右側一番奥には、洗面所と風呂場が備え付けられていた。

 

 洗面所を覗いてみようと、入口のドアをスライドさせると、中には赤い髪をモリモリに盛り上げた小娘が1人立っていた。彼女はこちらに気づくや否や、ガンたれながら見上げてきた。


「なんだぁ?なんであたいの部屋の廊下にモアイが立ってんだぁ?」

「あぁ、俺はモアイじゃないよ」


 俺はすぐさま人間の姿に戻る。彼女は少し動揺した。


「て、てめぇ、怪しいぞ!何モンだぁ!!あたいのシマから出ていかねぇと、痛い目くらわすぞコラァ!」


 彼女は壁に立て掛けられていたバットを手に取り、こちらへ突き出した。バットには「愛羅武勇」の文字が印されていた。小さいながらもいかめしく、スケバンのように振る舞う彼女だが、俺は面を食らうこともなく、平常心でいることができた。なぜなら彼女は女子中学生で、女子高生ではないからだ。寮は4人部屋になっており、中等部と高等部から2人ずつが振り分けられる。彼女は1人目の、女子中学生のルームメイトだった。


「俺もこの部屋の住人だよ。高等部1年アリサ・シンデレラ―ナ。よろしくね」

「おう、あたいにビビらねぇとは大したタマじゃあねぇか。気に入ったぜ。あたいの名前はヒメカ・ユウサイ。中等部1年。属性は戦士だ」


戦士。ルルップと同じだ。この子も小柄だけどやっぱり力すごいのかな。


「他のルームメイトはまだ来てないの?」

「高等部のヤローは部屋に閉じこもってて出てこねぇ。あたいの同級生の奴は今、てめぇの後ろにいるぜ」

「後ろ?」


 後ろを振り返ると、青い髪に目を隠した、これまたヒメカと同じように小さい背丈の女の子が、モジモジしながら立っていた。少し緊張しているようなので、俺から話しかけることにした。


「こんにちは。アリサ・シンデレラ―ナです。あなたのお名前は何ですか」

「こ、こんにちわ……あっ…もうこんばんわかも……。リトス・メーテルバードです……わたしも…わたしもヒメカちゃんと同じ中等部1年で……その……よろしくお願いします……」

「てめぇ!もっとはっきり喋りやがれ!」

「はわわわ……!ごめんなさい………でもヒメカちゃんも……礼儀悪いかも……」

「はぁん!?」


怒ったヒメカがリトスちゃんに仕掛けようとしたので、俺は仲裁に入る。


「大丈夫、大丈夫だよ。俺はどっちも気にしないから。それぞれのペースがあるよね。直したいと思ったときに、ゆっくり直していけばいいよ。リトスちゃん。リトスちゃんは属性何なの?」

「え…それは……あの……秘密です………」

「こいつ属性言いやがらねぇんですよ姉貴」


 早くも敬語を使い出したヒメカを、素直でかわいいと思いながら、俺はさらに仲裁を続ける。


「言えない事情があるなら仕方ないよ。俺だってまだ自分の属性が分からないから言えないしね。ヒメカとリトスはちょっと性格が合いにくいかもしれないけど、せっかく同じルームメイトになったんだから仲良くしよ。その方が楽しいでしょ。ね、ほら、握手握手」


 そうして俺は、ヒメカとリトスそれぞれの手を近づけて、握手させた。何となく左手を選んだ。そして属性を明かさないリトスと、左手同士の握手から、サイカの釈然としない笑顔を、また思い出したのだった。



 2人がそれぞれ個室に戻り荷ほどきを始めたので、俺も自分の個室へ入ると、大きな包みがいくつも運ばれていた。そのいずれにも、大きく下手くそな字で、「アリサ・シンデレラ―ナ様江」と記されていた。誰から送られてきたのだろうと不可解に思っていると、1番大きな包みの紐に、手紙が挟まれているのを見つけた。封を切って中身を確認する。




拝啓

 春爛漫の候、新たな人生の門出を祝うかのように、暖かなそよ風が花の香りを連れてくるこの頃、アリサ・シンデレラ―ナ様におかれましては、健やかにお過ごしのことと存じ上げています。

 さて、この度はラン・フォンテーヌ学園の御入学、誠におめでとうございます。思いもよらぬ御入学ではあったと存じ上げていますが、おめでたいものはおめでたいです。

 本日、その身一つでの新生活は大変困難なものであるかと存じ上げていましたので、衣服や金銭等をお送り致しました。男性であったこともあり、衣服の嗜好が合わない等あるかと存じ上げていますが、貴殿は既に女子高生であると存じ上げていますので、納得していただくしかないと存じ上げています。

 それでは、新天地でのますますのご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

敬具 


ジジ・キーカンジーユ

アリサ・シンデレラーナ或は有野サダメ様



 この手紙と贈り物は、あの女子高生を司る女神、ジジ・キーカンジーユからのものだった。あまりにも色々なことが起こりすぎて、またあまりにも女子高生に慌てふためきすぎて、具体的な今後の生活へ考えが及んでいなかったが、これらの包みはその問題を解決してくれるものだった。衣服、金銭、タオル、歯ブラシ、履物、教科書、トリートメント、傘、ノート、鞄、手帳、帽子、下着、筆記用具。学園生活に必要なものは一式揃えられており、何よりお金に余裕ができた。服や下着については、確かにこれまで着るはずのなかったものばかりで、触れるのにさえドキドキしたが、ここにある物を着る以外に選択肢はなく、俺はあの女神のチョイスに従わざるをえなかった。



本音をいうと、少し着るのが楽しみな自分もいた。




 午後も9時を過ぎた。冷や汗を大量に流し、ゲロを吐き散らかし、女子高生の集団に踏み潰され、1日で汚れきってしまった身体を清める必要があったので、俺は風呂に入ることにした。先ほど包みから出したばかりの、タオルやかわいいパジャマを抱え、洗面所へと向かう。洗面所に着くと、まずは後頭部にある髪留めを、両手ですーっと取り外した。ポニーテールに束ねられていた髪が、柔らかく背中に下ろされる。靴下を脱ぎ、制服を脱いだ。それから下着を外して下ろした。

 扉を開け、浴室に入る。浴室の壁は石で、湯船はヒノキでできている。人工的過ぎないのがいい。張られたお湯からは白い湯気が立ち昇り、浴室全体を程よく蒸らす。俺はシャワーヘッドを持ち上げて、ハンドルを回し、目をつむる。シャーーー。頭上の方から温かに、神聖な雨が降り注ぐ。お湯が全身を巡り滴り、体についた汚れと共に一日の疲労を洗い流す。

 

 シャワーを止めて目を開くと、跳ね返ったお湯により、曇りが流れた鏡があって、俺が見つけ出したのは、裸の女子高生だった。

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