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第5話 ぐるぐる

 女子高生克服の道に新たな関門が立ち塞がった。


 女子高生と、ご飯。


 女子高生と何を食べる。女子高生は何を食べる。何を喋ればいい。どこを向けばいい。食べ方が汚いと思われないか。マナーが悪いと怒られないか。ぐるぐるぐるぐる思考が巡り、目が回る。見知らぬ女子高生との食事、俺は耐えられるのか。さっきみたいにゲロを吐いてしまわないか。パニックで料理を投げ散らかしてしまわないか。奇声を発しながらテーブルに乗り、ブレイクダンスをかましてしまわないか。


「ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる」


 脳みそをフルに回転させすぎた俺は、いつの間にか「ぐるぐる」としか言えない生物に成り果てていた。


「ええっ!?アリサちゃん!?」

「ぐるぐる」

「言葉は!?言葉はどうしたの!?」

「ぐるぐる」


そして同時に、首から下の回転が始まる。

 

「アリサちゃん!?なんかコマみたいになってるよ!?何で!?」

「ぐるぐる」

「それ大丈夫なの!?人の可動域超えてない!?」

「ぐるぐる」


 ルルップさん、心配してくれている。ごめんなさい、俺、女子高生がダメなんだ。誘ってくれてとても嬉しい。あなたもきっと、優しい女子高生なんだと思う。だけど俺、俺もう、ぐるぐるすることしかできない!

 

 俺が教室の後方で涙を浮かべながら回転していたその時、教室の前の入口辺りが、すこぶる騒がしくなり始めた。


「サイカ様!私とお食事ご一緒しませんか!?」

「いいや、私がサイカ様とお食事するの!」

「サイカ様!私サイカ様のためにお弁当作ってきましたのよ!」

「サイカ様!」「サイカ様!」「サイカ様!」


 そこではサイカさんが、またもや大勢のファンに囲まれていた。彼女らは是が非でもサイカさんと昼食を共にしたいようだ。特にこの高等部入学という記念すべき日に。サイカさんは決して笑顔を崩さないままに、何とかその場を逃れようとしていた。


 サイカさんがいれば大丈夫かもしれない。サイカさんがいれば、ルルップさんとも食事できるかもしれない。オーバーヒートしそうな頭でふとそんなことを考えた。サイカさんは現時点で、俺が唯一正気を保てる女子高生だ。もちろん想定外の事態が起これば、まだまだ俺はうろたえるだろうが、サイカさんがいればかなりマシだと思う。仮に俺がダウンしたとしても、サイカさんとルルップさんの2人で会話を続ければよい。


 よし、あの群衆からサイカさんを助け出し、ご飯に連れ出そう。俺は竜巻のように回転を続けたまま、前方の入口へ向け教室の横断を開始した。


「アリサちゃん!どこ行くの!?」

「ぐるぐるぐるぐるぅ!!!」


 突如動き出した謎の竜巻に、ルルップさんやクラスメイトが動揺していた。回転は徐々に風を帯び、机に置かれたプリントやペンなどを次々と巻き上げていく。しかしサイカさんに夢中の群衆だけは、まだこのトルネードに気付かない。もう止まることのできない俺は、ぶ厚い人垣にそのままぶつかっていく。


キュイイイィィィイン


 サイカさんを中心に作られた堅牢な城壁は、生半可な風力をものともせず、俺の突進は鉄壁の背中にはじき返されそうになった。

 しかし俺は諦めない。さらに回転の速度を上げ、人混みの中へめり込んでいく。前後左右から強い圧迫を感じ、押しつぶされそうになりながらも、俺はひたすら突き進む。あと少し、あと少しでこの城壁を突破できる。


「ぐるぐるぐるぐるぐるぅ!!!」

「高校生になられたサイカ様も素敵だわ!!!」


 ふと俺は、この壁が女子高生でできていることに気づく。竜巻は急激に速度を落とし、俺は気を失いそうになる。密集する女子高生のパワーに抗うことができなくなった俺は、そのまま身体を地に伏せてしまう。それでも俺は朦朧としながら、辛うじで左手を前へ伸ばし、サイカさんのもとへ辿り着こうと最後の力を尽くす。


「あら、何かしらこれ」


 群がるファンの足の間から、ピクピクと痙攣する左手が飛び出ていたので、サイカさんはそれを無理やり引っ張り上げた。その手は俺、アリサ・シンデレラ―ナに繋がっていた。


「アリサさん!?何でこんなところに!?」

「サ……サイカさん…、俺…と……昼飯食べに……行きま……せん…か………」

「アリサさんしっかり!私もアリサさんと一緒に食べようと思っていたところなのよ!」

「マジ…ですか……」

「でもこの人だかり……どうやって振り切ろうかしら……」


 傍から見ても騒然とし、危険すら感じるこの群衆だが、渦中の様相はその比でなく、女子高生にトラウマがなくても恐ろしいだろう光景が広がっていた。特に大きく違うのは、押し寄せるそれぞれの表情が見えることだ。羨望、憧憬、盲愛、信心、計略、野心、独占欲等、様々な感情に溢れ返り、異常な熱狂を醸成していた。俺はこのような激烈にいつも対応しているのかと、サイカさんを尊敬した。


 その時群衆の向こう側で別の異常が確認された。外側から内へと順に、人がポイポイ投げ出されている。投げている主は集団に埋もれ、あまりよく見えないのだが、前に立つ者を投げ飛ばしながら、徐々にこちらへ近づいてくる。この学園には魔法使いだけでなく、とんでもない怪力の持ち主がいるらしい。どんなマッスル女子高生が現れるのかとドキドキしている中、最前列のお弁当を持ったファンを投げ飛ばし現れたのは、小柄でキュートなツインテールの、ルルップさんだった。


「アリサちゃん!ここ危ないよ!早くご飯食べに行こ!あっ、サイカさんだ!こんにちは!私ルルップ・ベルと申します!よければサイカさんも一緒にお食事行きませんか?」

「は、はい。お願いします」


 未だ痙攣がおさまらず、自分の足では立つことのできない俺を小脇に抱えながら、サイカさんはそう答え、ルルップさんと人混みを、強引に抜けていった。





「中等部から上がってきた人はもう部屋の移動済んでるんだよね」         


 そう言いながらルルップさんは、フライドチキンのような揚げ物を大きな口でほおばり始めた。俺たちは今、学生寮にあるルルップさんの部屋に来ている。4人部屋のようであるが、あと3人のルームメイトは今はいないようだ。昼食はルルップさんが買ってきてくれた。揚げ物の他にもパンやサラダがあり、サラダの上には今まで見たことがない、ミカンの皮に似た黄色い何かが、細かく刻まれて乗せられていた。


 女子高生と食事をするにとどまらず、女子高生の部屋に上がり込んでしまった。頭が真っ白になった俺は、プレイヤーが寝落ちしたRPGの主人公ように、壁に向かってひたすら歩き続けていた。


「アリサちゃん、女子高生苦手って驚いたな~。自分が女子高生なのに!」

「ほんとですわ。この調子で3年間やっていけるのかしら」

「そのうち爆発とかしちゃったりして」

「困りますわ。この学園の建物は1800年以上の長い歴史を持つものばかりですのよ」

「さすが中等部の元生徒会長!この学園のことよく知ってますねー」

「ルルップさん。私に敬語なんて使わなくていいですのよ。同じ1年生でしょ」

「サイカさんだって使ってるじゃないですか~。それに『ルルップさん』はなんか恥ずかしいですよー。じゃあ今から敬語禁止で、私のこと『ルルップ』って呼んで!」

「わ、わかりまし……わかったわ、ルルップ。あと……私のことも『サイカ』って呼んでほしいな……」

「いいのー!?やったー!!サイカー!!!そうだ、アリサちゃ…アリサも敬語禁止ルール適用ね!!分かった!?」



「けいごのきんしとよびすてのるーるをうけいれますか。


はい  ◁

いいえ


はい

いいえ  ◁


いいえ ◁


「そんなひどいよー!ルール適用ね!分かった!?」



「けいごのきんしとよびすてのるーるをうけいれますか。


はい   ◁

いいえ


はい

いいえ  ◁


いいえ ◁


「そんなひどいよー!ルール適用ね!分かった!?」



「けいごのきんしとよびすてのるーるをうけいれますか。


はい   ◁

いいえ


はい ◁


「けいごきんしとよびすてのるーるがてきようされました。



「やったー!よろしくね!!アリサ!!!」

「いつまで壁に向かって歩くのかしら……」

「そういえばアリサとサイカは属性的には何なの?」


属性?何のことだろう?


「私は戦士の家系なんだー。だから結構力持ち。さっき見せた通りだよね」

「ルルップが優秀な戦士なのは中等部の頃からかなり知られていたわよ」

「サイカも知ってくれてたんだー。うれしー。アリサは?アリサは何の属性?」


俺?俺は何の属性なんだ?知らんぞ?高校教師か?いやそれは有野サダメ時代の話で今は関係ないよな……。しかも辞めたし。じゃあ無職か?無属性?何だ?


「分からないけど…女子高生とか………?」

「やだなー。それは属性じゃないでしょー」


違うんだ!女子高生は属性じゃないんだ!わけわかんねぇや!


「属性分からない………」

「ああ、まだ不明なんだね!サイカは?そういえばあれだけ学園で有名人なのに、属性は全然知られてないよね?」

「……………」


 属性を聞かれたサイカは、少し遠くの方に目を移し、一瞬迷っているような、それでいて寂しそうな顔をした。それから3回手のひらに人らしき字を書いて飲み、笑顔でこう答えた。


「私もまだ属性分かってないの!」



その笑顔は、先ほど群衆へ向けていた笑顔と、酷く似ているのだった。

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