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第4話 ラン・フォンテーヌ学園へようこそ!

 ホームルームが始まるまでに、まだ2、3分はあったのだが、俺は最後列・窓から2番目にあたる席で、机上に頭を伏せていた。ここが俺の席であると教えてくれたサイカさんは、まだ教室の前の方で群衆に囲まれている。どうやらサイカさんには、ファンクラブや親衛隊もいるらしく、高等部入学のお祝いをするため、人がゾロゾロやってくる。他のクラスや学年からも人が集まっているようだ。そんな教室に集まる大量の女子高生によって、俺の気分はどんどん悪くなっていった。

 俺は乗り物酔いをしたことがなかった。車や船に乗りながらでも、ゲームや読書を普通にできた。俺は人混みで酔うこともなく、山手線の満員電車や人で溢れた観光地でも、平然とやり過ごすことができた。女子高生を見ない限りは。

 しかし今、俺は確実に酔っている。お腹の中で痙攣する胃が、やたらと存在感を持つ。呼吸の荒くなる音が鬱陶しい。顎と首との間にある柔らかい場所の両端が、ドロドロしながらうごめいている。


これが「酔う」。


俺の初めての酔いは、女子高生酔いだった。



キーン、コーン、カーン、コーン



 学園のチャイムが鳴る。ホームルームが始まったようだ。しかし、サイカさんに群がる者を始めとし、新たな学園生活に浮かれまくった新入生らは、いっこうに席に着かなかった。


「皆さん!授業が始まりましたよ!席に着いてください!」


 サイカさんも注意を促しながら、人垣をくぐり抜けようとするのだが、女子高生で構成されたぶ厚い壁を容易に突破することはできない。本当は俺が助けにいきたいところなのだが、今はちょっと無理である。オエッ。


「まったく、困った学年ですね。早く席に着きなさい」


 重厚で威厳のある声が聞こえたと思うと、いつの間にか教卓には、厳かなエネルギーに満ち満ちた、1人の老婆が立っていた。入口や窓から入ってきた形跡はない。皺の刻み込まれた顔に、2つ埋められた鋭い目は、どちらも数多の銀河が輝いている宇宙を凝縮したようで、目が合うだけでその神秘に吸い込まれそうになってしまう。右目はアメシストのような紫色、左目はエメラルドのような緑色が、非常に美しく、羽織っている黒を基調としたローブにも、紫や緑が彩られていた。


「あと少しだけならという欲望にとらわれ、チャイムを無視し、ざわざわと騒ぎ続ける。その程度の甘さも捨てきれず、ルールも守れないようでは、立派な淑女になど到底なれやしません。例えば後方の彼女、アリサ・シンデレラ―ナさんを見習いなさい。正しく着席した立派な生徒の1人です」


 はい?俺?教室中にいる女子高生の視線が一気に俺に集中する。我慢していた気分の悪さが、あっさり限界を突破した。


ゲロゲロゲロゲロゲロゲロ


これが「吐く」。




「それではホームルームを始めます。私がこのクラス、1―Cの担任、ミホリー・ジンギーです。よろしく。ではまずこの学園の紹介動画を見てもらいます。最後まで集中して見るように」


 そう言うとミホリー先生はローブの中から、年季が入りつつも、つやのある木の棒を取り出し、天井に備え付けられた水晶に向かって軽く振った。すると水晶から白い光が放たれ、教室の前方に画面を作る。ここは魔法が存在する世界なんだと、俺はこの時初めて知った。映像が流れ始める。小判を左脇に挟んだネコと、真珠の上に乗ったブタが、にこにこしながら現れた。



「新入生のみなさん!こんにちは!ラン・フォンテーヌ学園へようこそ!僕はネコの精霊ランラン!」

「こんにちは!私はブタの精霊フォンフォン!」

「僕たちはラン・フォンテーヌ学園のマスコットキャラクターです!今日は僕たちがみなさんに、この学園のルールや生活を教えちゃうよ~!準備はいいかな~?」

「準備オッケー!」

「それではレッツ・ゴールデンレトリバー!」

「それワンちゃんやないかい!」


「この学園は幼稚園・小学部・中等部・高等部・大学までを兼ね備えた総合教育施設だね!もちろんぜ~んぶ女子しかいない!」

「みなさんの中には幼稚園から在籍している人もいれば、高等部から新しく入ってきた人もいるんじゃないかな?」

「高等部では基本的に、それぞれの学年にAからJ、クラスが10個ずつあります!じゅーじゅー!焼き肉食べたいなー!」

「きゃー!私、食べられちゃう~!」

「フォンフォンを食べるわけないでしょ!このお・バ・カ・さ・ん♡」

「もう~。そうだみんな!これはアドバイスだけど、J組に入るようなことはないよう頑張ってね!」

「そうだね、そうだね、そうだ寝る!グーグー!」

「起きなさーい!」


「フォンフォン。授業の取り方は分かるかな?」

「結構ややこしいよねー」

「そうだね!まずは必修科目があるね。文学・数学・歴史・生物・地理は必ず勉強しなきゃいけないんだ。月曜日から金曜日の1~4限。つまりそれぞれ週4回ずつ、自分のクラスの教室で受けるよ。そして必修科目は3年間ずっと同じ」

「私数学苦手なのに~」

「僕が教えてあげる!3+5=『さんご』でしょう!」

「きゃ~。ランランかしこ~い。ってこのバカ―!」

「5限と6限は選択科目。音楽・美術・魔法・錬金・剣術・武術などなどから、2つ選んで毎日1コマずつ受けるんだ」

「私は5限に占術、6限に料理を選ぼっかなー」

「フォンフォンの料理、絶対まいうーだよ!ちなみに選択科目はそれぞれの授業が行われる場所に移動しなければならない。1年生から3年生まで一緒に受けるのも特徴だね!選択科目は毎年違うものを選ぶことになるよ!」

「パンフレットに選択科目のリストがあるから、好きなものを選んでね!」

「好きなものを選択~。お洋服も洗濯~。バシャバシャ」

「ランラン!お水飛んでるよー!」



 教室は戦慄していた。一体何なんだ、このクソつまらない映像は。今すぐに目を背けたい。耳を閉じたい。俺はもうランランとフォンフォンのことが大嫌いだ。クラスメイトの多くもそうだろう。しかし俺たちに、この地獄を逃れることはできない。ミホリー先生が獲物を狙うような目つきで、俺たちを監視しているからだ。絶対に映像への集中を切らしてはいけないというプレッシャーが、教室中にのしかかる。そして何より怖いのが、ランランがギャグを飛ばすたびに、先生の口角が上がるのだ。



「ランラン、休み時間や放課後はどうやって過ごせばいい?」

「授業以外の時間は何をしてもOKだよ。食堂や購買、図書館や劇場、この学園には色んな施設が入っているから自由に使ってね!」

「庭園、プール、博物館。どこに行くか迷っちゃう~!!」

「かわいい迷子の子ネコちゃん♡ってネコは僕の方だった~」

「…………」

「あとは寮の話だね!この学園は中等部と高等部が全寮制だよ!だからここにいるみんなは寮で寝泊まりすることになるはず!詳しいことは入寮のときに聞いてね!りょう、りょう、領収書お願いしまーす!」

「みなさんの荷物はもう届いてるはずよ!」



「もうすぐお別れの時間だね!フォンフォン、最後に言いたいこと、アルバトロス?」

「疲れたわ」

「え?」

「お前の寒いギャグに付き合うのもう疲れたわ」

「な…な…何を、言ってんだよ~。ツンツン」

「触んなぁ!!てめぇ触んじゃねぇ!!マジで調子乗ってんじゃねーぞ!!!」

「は、はい……すみません……」

「二度とすんなよ!!!二度と!!ボケェ!!!」

「はい……」

「それじゃあみなさん!悔いの残らない最高の学園生活を送ってくださいね~!バイバーイ!!!」

「…………」



 静まり返る教室。全員が今、何が起こったか理解できないまま唖然としていた。俺は、俺たちは、何を見たのだ。俺たちはこの映像を見せられて、何を思えばいいのだ。このショックの中、学園の情報など入ってくるわけないだろう。この惨劇が10ある新1年生のクラス全てで起こっていることを考えると、途轍もなく恐ろしい気持ちになる。そして我がクラスで最もショックを受けていたのは、ミホリー先生とサイカさんだった。




 ホームルームが終わり、今日の日程は終了した。高等部から入ってきた新入生は、入寮までもう少し待たないといけないみたいだった。クラスメイトたちは昼食を食べに行くようだが、俺はどうしようか。女子高生だらけの食堂で、食べ物が喉を通るだろうか。そもそも俺、お金が………


「アリサちゃん!アリサちゃんだよね!?」


 急に名前を呼ばれ、俺はギョッとした。話しかけてきたのは、胡桃色の髪をツインテールに結んでおり、前を開けたオレンジのパーカーを制服の上に着ている、右隣の女子高生だった。


「私ルルップ・ベル!あなた入学式で倒れたアリサ・シンデレラ―ナちゃんだよね?大丈夫だった?何で倒れちゃったの?さっきもゲロ吐いてたし、アリサちゃん体弱い感じ?」


 明るい女子高生の質問攻めに、俺は分かりやすく狼狽した。アリサ・シンデレラ―ナはどうか分からないが、俺は体が強い方だったと思う。1回も風邪を引いたことがなく、学生時代は全ての年で皆勤賞をとっていた。転生してから今日ここまで、俺がダウンを重ねているのは、女子高生への恐怖心が原因だ。


「そうだ!一緒にご飯食べようよ!席が隣になったのも何かの縁だしさ!」


 

女子高生とご飯

 


女子高生と、ご飯



女子高生と!?ご飯!?!?!?

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