第26話 デッド西瓜
森の方へ流されたキラースイカがキャッキャと笑いながら、次々と広場へ帰って来る。
この辺りでの避難は完了していた。完璧に封鎖された購買の中から、スイカに噛まれずに済んだ人々が、心配そうに窓の外を眺める。その視線の先には、「ワラナイデ」と呻きながら徘徊を続けるスイカ人間たちがいた。スイカ人間らが危害を及ぼす事象は、今のところ一度も見られていないのだが、だからといって彼女らが何をしでかすか分からないのもまた事実なので、いったん外に放置されたままでいた。
そして避難した人々の視線はスイカ人間だけでなく、俺の方にも注がれていた。唯一キラースイカを撃破できる俺は、拾った太い木の棒でどんどんスイカを粉砕し、真っ赤な液体を飛び散らかす。奴らは森から帰ってくるだけでなく、雨のように塔の頂上からもどんどん降り注いできていた。おそらく頂上にいる母体の巨大スイカが、噴出を再開したようだ。
ユイ先生とミホリー先生は、一時的ではあるものの、魔法や物理でキラースイカを封じ、時間を稼いでくれていた。サイカたちもまた、一緒に戦うと言ってくれてはいたのだが、生徒を危険な目に遭わすわけにはいかないと先生たちから制止を受け、結局購買へ避難して行ったのだった。
「キャキャキャ、バギャ」
「キャキャキャ、ブギョ」
「キャキャキャ、ゲブッ」
ひっきりなしにスイカを叩き潰していく俺だったが、はっきり言ってこのままではきりがなかった。ここら一帯がスイカだらけになることこそ防げてはいるものの、潰しても潰しても湧いて出てくるスイカを減らすまでには至らず、いつまでスイカの増殖が続くのかも分からなかった。
「他のエリアはほぼ壊滅状態です。施設の方々や教員、大学生たちはみんなスイカ人間にされており、キラースイカの数もますます増えるばかりです」
他のエリアから何とか逃れてきた金髪の女子大生が、先ほどこう話していた。このラン・フォンテーヌ学園には、俺たちのいる「中等部・高等部エリア」の他に、「幼稚園エリア」「小学部エリア」「大学エリア」、闘技場や武道場がある「アスレチックエリア」、博物館や植物園が集まる「ガーデンエリア」等、様々なエリアに分かれており、その女子大生は「大学エリア」からここまで逃亡してきたらしかった。彼女は今他の皆と同じように、購買の内に身を隠している。
「このままじゃ!埒が明かない!やっぱり母体の巨大スイカを何とかしなきゃいけないみたい!」
「でもユイ!どうやってこのスイカを振り切って塔の頂上に行くの!」
「瞬間移動魔法『プワップ』は!?」
「自分1人ならともかく、アリサさんも連れて行くとなると、魔法が発動するまでの隙に噛みつかれてしまうわ!」
「やっぱそう!?えぇ~!!どうしよ~!!」
俺たちは単純に疲れ始めていた。イタミヤスイカに魔法がかかってから1時間半ほど経っており、俺と先生はその間のほとんどをキラースイカの撃退に捧げていた。キラースイカは女子高生でないので、俺の肉体的なスタミナはそれほど削られていなかったが、同じような作業をここまで続けていると、さすがに集中力が落ちてくる。逆に先生たちは、集中の途切れる気配こそまだ見られなかったが、年齢の影響か、体力的なところで若干の鈍りを現し始めていた。
「キャキャキャ、ギャビ」
「キャキャキャ、ギュベ」
「キャキャキャ、キャ…………」
ああ!しまった!一瞬だけだが、明らかに集中を切らした俺は、1匹のキラースイカを潰し損ねてしまった。棒の振りが甘くなり、命中はしたものの粉砕するまでに至らず、ミホリー先生の方向へ、キラースイカが飛んでいく。
「ミポリン!!」
ミホリー先生とキラースイカを繋ぐ軌道の中間に、ユイ先生が割り込んで入った。キラースイカは回転しながら、一直線に空を切る。そのままユイ先生の腕にガブリと噛みついた。
「ユイ!!!」
「ユイ先生!!!」
キラースイカの噛みついた腕から、柔らかい産毛と葉っぱの付いた蔓がにょろにょろと伸びてきて、球状にユイ先生の全身を覆った。それからユイ先生を包んだ蔓が、表面から順に茶色くなり、するすると地面へ零れていく。そして中から現れたのは、亀が甲羅から手足と顔を出すように、スイカの中からそれらを伸ばした、ユイ先生だった。
「ワラナイデ……ワラナイデ……」
「ユイもスイカ人間に……まずいわね……」
先生が2人いたからこそ耐え切ることのできた防衛線が崩れ、手が付けられなくなった。スイカの群れが溢れかえり、広場一体を埋め尽くす。ミホリー先生も、もう自分を護ることに精一杯で、俺はごった返すスイカの流砂にずぶずぶと沈んでいった。
もう駄目かと思った。
体のあちこちをキラースイカが噛みついている。その牙に痛みはなく、スイカ人間にされた人たちも、苦痛は感じていないらしかったことを、自分勝手に今更安心した。またどうやら俺はスイカを撃滅できるだけでなく、スイカの攻撃を受けてもスイカ人間にされないことに気づいた。でもそんなことはもう関係なくて、単純にこの数を処理することが、俺にはできなかった。
ごめんみんな……この学園は、もう終わりかもしれない………
ポンッ
スイカに埋もれた俺の上方で、泡の弾けるような音がした。
ポッ、ポッ、ポッ、ポッ、ポンッ
その音は積み重なるスイカの上部から、底で横たわっている俺のところへと、順々に近づいてきて、遂には俺の真上に被さるキラースイカにまで到達した。ポンッという音と共に眼前のスイカは弾け飛び、俺にのしかかっていたのが一瞬にして、黒髪長髪の女子高生に変わった。
気づけば俺は、山盛りのスイカではなく、山盛りの女子高生の下敷きになっていた。
「アリサー、ミホリーせんせー、大丈夫ですかー?」
覆い被さる女子高生の隙間から空を見上げると、大きな翼を上下させ、セーラー服に白衣を着た、女神ジジが見下ろしていた。




