第13話 暴走フレンド
キーン、コーン、カーン、コーン
5限の始まりを知らせるチャイムが鳴った。そのとき俺は、闘技場の更衣室で体操服に着替えていた。他の女子高生が着替えている時間に来てしまうと、再び目をいじくらなければならなかったので、たとえ遅刻になるとしても、更衣する時間をズラしたのだった。それでも、ところどころロッカーからはみ出る制服の端っこが視界に入ると、目が何だかおかしくなって、ぬいぐるみのようなボタンの目へと変化してしまうのだった。目がボタンになった俺は、自分でも視覚が有るのか無いのか分からないまま、闘技場中央の、授業が行われている場所へ行った。昨日同様打ち合いが行われているようだった。
「伸びしろ!遅刻だぞ!」
アチーナ先生が俺に気づいた。ルルップは今日も隅で見学をしていた。
「よし、全伸びしろたち!いったん打ち合いを止めて注目!彼女は昨日の補講で私に一撃を当てた素晴らしい伸びしろだ!今日は引き続きペアで打ち合いをしながら、順番に1人ずつ、彼女と手合わせしてもらおう!」
「!?!?」
授業に参加している40ほどの女子高生が、一斉に俺へ視線を浴びせた。ここにいる全員と剣を交える?昨日はたった2人で限界だったのに?俺は途方もない不安に駆られ、全身の身の毛がよだち、身の毛がよだちすぎてふわふわになり、本当にぬいぐるみとなってしまった。
1人目の相手は、昨日更衣室前で涙をこぼしていた人魚だった。
「半年待った『旬烈』グッズが、今日やっと届く私に、あなた勝てると思って?」
この打ち合いに勝ち負けなどないのだが、彼女はやたらと活力に満ち溢れ、普段以上に行動的になっているようだった。
「リイィィイイィダァアアァァアァ!!鮭井さあぁぁんん!!!」
リーダーが推しでありそうな人魚が、そう叫びながら突っ込んできた。気合だけは十分であったが、姿勢や剣の構えはチグハグで、力もそれほど強くなさそうだった。
こつん
もこもこで丸っこくなった俺の両手に挟まれた竹刀と、相手の人魚が弱いながらも、精一杯に振った竹刀が、鈍くぶつかり合う。それは小さな打撃だったが、彼女が女子高生であるということによって、その威力は何十倍、何百倍にも膨れ上がり、俺は客席前の仕切りまで、物凄い勢いでぶっ飛ばされた。石で作られた仕切りの壁は粉々に破壊され、俺の身体もズタズタに裂けた。俺はぬいぐるみであったから、ぐちょぐちょのはらわたが飛び散る代わりに、ふかふかの白い綿がはみ出たのだった。
「先生!この人むちゃくちゃ弱いですよ!」
そう言いながらも、少し申し訳なさそうにしている人魚を見て、俺は何故か心が痛くなった。ゴメンネ、弱クッテ。
「はい、治ったよ。ホント女子高生ダメだね。アリサは」
ルルップは器用に俺から飛び出た綿を詰め直し、破れた箇所を縫ってくれた。ボタンになっていた目も元に戻り、再び俺は人間として生きていくことになった。授業はまだまだ続いており、俺はルルップと一緒に見学をすることにした。
「ありがとう、ルルップ。でも昨日よりはマシになったでしょ」
「ロボットになって爆発するのと、ぬいぐるみになってぶっ飛ばされるの……う~ん、まだ今日の方がマシか~」
「ルルップは授業に参加しないの?」
「私はもう剣を持たないことにしたの。中等部のとき色々あってね」
「その話、サイカに聞いたよ。災難だったね」
「ああ、聞いたんだ。でも災難だったのは私じゃなくて後輩のほう。私はミツキさんとアイリンさんのおかげで何ともなかったしね」
「あれから剣、1回も握ってないの?」
「剣だけじゃなくて武器は全部持てなくなっちゃった。また誰かを傷つけるかもしれないと思うと怖くてね。逆にアリサは話を聞いて、私のことが怖くならなかったの?いつ暴走するか分からないよ、私」
「俺なんか入学してから、もう何回暴走したか分からないよ」
「ホントじゃん」
そうしてルルップと俺は、笑ったのだった。
「でもまたいつか剣を持ちたいと思ってるんでしょ?」
「どうだろ。実はもういいかなって。諦めようかなって思ってたりして。武器を持たなくても、素手の格闘をしっかり修行しておけば、戦士としてやっていけるしね」
「剣が好きなんじゃないの?」
「なんでそう思うの?」
「だって今、ここに来てるじゃん」
ルルップはハッとした顔を一瞬だけした。そしてすぐにうつむいた。
「たとえ見学だけでも学びたくなるくらいには、剣のこと好きなんじゃないの?」
「…………………」
キーン、コーン、カーン、コーン
5限終わりのチャイムが鳴り、授業を終えた女子高生たちが、一斉に更衣室へ歩いて行く。ルルップも立ち上がって、座っている間に固まった筋肉をほぐすよう、伸びをしたり体を捻ったりした。
「終わったー。私たちも行こっか」
「うん…………」
「私は6限が格闘術で、着替えなくていいから荷物だけ持って移動するけど、そういえばアリサは6限何受けるの?」
「勇者学だよ」
「勇者学!?」
思いもよらぬ回答ったようで、ルルップはビックリ仰天した。
「勇者学って……勇者の…あの勇者学!?」
「勇者のための勇者学だよ」
「本当に!?ええっ!?勇者学って特別で、勇者の属性を持っている人か、先生に推薦された人しか受けれないんだよ!??」
「昨日アチーナ先生に推薦してもらったんだ。俺は勇者になれる伸びしろがあるって」
「すごっ……」
ルルップのリアクションが思っていたよりも大きかったので、俺は少し緊張してきてしまった。勇者といえば、選ばれし者の感じがあって、ちょっと凄いところに推薦されたのではとワクワクしていただけだったのだが、エリートな雰囲気がほんのり香ってきたので、心臓の動悸がどんどんと激しさを増していった。
体を動かした直後の女子高生が着替えをし、さらに6限から体を動かす予定の女子高生も着替えている更衣室に、無傷で入退室できるわけがなかったので、俺はルルップに荷物を取って来てもらい、体操服のまま勇者学の教室へと向かった。勇者学の教室は、高等部校舎の最上階である5階にあり、その間に幾多の女子高生とすれ違ってしまった。その度に俺の身体はやはり少しずつ硬直してしまい、教室に着く頃には、体操服を着た大仏になっていた。
「あなたがアチーナ先生推薦のアリサ・シンデレラ―ナさんね。じゃあ、あの席に座ってください」
既に教室で席に着いていた3人だけの女子高生が、突如襲来した体操服の大仏に唖然としている中、この先生は一切動じることなく、物柔らかに俺を迎えてくれた。
彼女は、ただそこにいるだけで周囲の人を安心させてしまう、天性の温かみを全身に纏っており、一方でどうしようもなく人を惹きつける、圧巻のカリスマを内側に閉じ込めていた。桃色をベースに、水色のラインが幾筋か通る彼女の髪は、ふんわりとかき上げられ、垢抜けたウェーブがかかっている。刻まれた皺は全て、その出で立ちを端麗にするための、最も的確な位置に配置されているようで、それは年を重ねた証でありながら、若々しさが損なわれない原因でもあった。
「全員揃いましたね。チャイムはまだですが、今日の授業もすぐ終わるので、ちゃっちゃと始めてしまいましょう。あ、今チャイムが鳴りましたね。アリサさんが初めてなので、自己紹介だけ簡単に。私はユイ・シーガール。この勇者学の教諭で、属性も勇者です」
勇者。この世界での勇者が何なのかはよく分からないが、とにかく初めて見た本物の勇者に俺は興奮した。
「では昨日から来ていた3人に、宿題にしていた質問の答えを聞きましょう。まだ分からなかったら、分からないでいいですよ。では1年生から。サキノさん、お願いします」
聞かれていた問いの内容は、「何者が、勇者たるか」だった。
「はい。勇者に必要なのは、あらゆる能力を、高いレベルで兼ね備えていることです。剣や格闘といった物理的な戦闘力。攻撃・回復・補助といった数々の魔法。加えて柔軟な思考力や瞬時の判断力。たゆまぬ努力により、これらの能力を広く獲得した者が、勇者たる者だと考えます」
思っていた以上の意識の高さに、俺は大仏になっている場合ではないのではないかと焦った。しかし、この教室に初対面の女子高生が3人もいる以上、簡単に元の姿に戻ることはできなかった。
「面白い答えですね。では2年生のドゴーさん、お願いします」
「すいません。ぶっちゃけ分かんないっす。でも、みんなに勇気とか元気とか与えられそうな人のような気がします」
「あら、いい答えですよ。最後に3年生のツリーフさん、お願いします」
「サキノさんが言ったように、様々な能力も必要だと思います。ドゴーさんが言ったように、勇気や元気を分け与えることも必要だと思います。ただしそれだけではなく、自分自身が勇気を持ち、諦めない心を持つことが最も重要だと考えます」
「素晴らしい答えです。皆さんそれぞれの勇者像を大切にしてくださいね。そしてこれから勇者学を学んでいく中で、どんどん変化させていってください。では今日の授業はここまでにしましょうか。そうだ。明日はアリサさんにも考えてきてもらおうかな。問いは『何者が、勇者たるか』です。もちろんまだ体験期間なので、他の科目を受けるつもりでしたら、そちらへ行ってもらって大丈夫ですよ。では皆さん。さようなら」
まだ授業が始まって10分も経っていなかったが、俺は大仏のまま宿題を出され、初めての勇者学を、大仏のまま終了したのだった。




