踊る少女の趣味
「ねえヘデラ?」
私ヘデラ。今日もお美しい主人に話しかけられ、幸福です!
「どういたしましたかシレネさ……」
様。と言いかけ、私の視線はシレネ様のお手元に行きました。
その手には、私が異世界に送ったはずのお手紙が握られておりました。
それはそれはお美しい微笑みを浮かべ、私を見つめていらっしゃいます。
「あはは。別に僕は趣味を否定はしないんだ。ただね? 己の主人をこういうな書き物に入れるのはいかがなものか。事実であるならまだしも、実際とは異なる物事を、あたかも本当であるかのように描くのは、僕以外でも駄目なことだよね?」
私ヘデラ。神様に呪われ、こちらの世界に転生する寸前の魂に記憶を送ることができる能力を持ちました。その能力を使うためには、何か形に残さないとならないのです。その手紙が、シレネ様がお持ちになっているものであるというわけです。
「シレネ様のカッコよさを十倍にいたしまして、私のシレネ様への愛を十分の一倍にして、それを架空の出来事で彩るとあら不思議、現実に近いのに全く違うフィクションのお話が出来たではありませんか。と、そういうことなのです」
「君の中で、『これ』が、カッコイイんだ。へえ。普通に引くね。うわあ……。僕が気持ち悪い」
「なにをおっしゃるんですか! いいですか、こういう言葉というものは実感のまるでない薄っぺらでカッコつけたいがためにいうのでは、ただ中二臭いだけです」
「中二臭いって何さ」
ああ、シレネ様、本日も澄んだダウナーなお声が素敵です……! ではなくてですね、私、あちらの世界の記憶を覗くことができまして。そこから入手した用語です。
「しかし! シレネ様はそのお優しく慈悲深い心根ゆえに、強烈な実感を伴って発される言葉になるのです。するとそれはシレネ様の人格やお考えが詰まりに詰まったお言葉になるわけです。それがカッコよくないわけがありません」
「カッコよくないわけがありません……? いやちょっと待ってくれ。それ以上に僕が不満なのは、僕のこう、自分の中で欠点であると分かっているところを十倍にされたところもそうだけど、君の一番のヤバイところが十分の一になっているところなんだよ?」
「な! 酷いです、シレネ様。私のシレネ様への愛を侮辱するおつもりですか! いやそれもあり……?」
シレネ様になら何されてもいいかもしれません。Sっ気のあるシレネ様もありです! さて、次はだれに送りましょうか。
そんなことを考えていると、シレネ様が憂いを帯びたため息をつかれました。ああ、物憂げなシレネ様もお美しい……。
「まずね? 僕が君を従者にした理由だ。僕『が』君『を』従者にしたんじゃない。君『が』僕『に』懇願してきたんだ。幼いながらに恐怖でしかなかったんだよ? 考えてもみてくれ。いくつか年上の村人が、当時あまり元気なんてないはずの君が、僕が出かけるたびに出先に現れ、かと思えば家の門の前に三日間いたり、それでもういないだろうと思って出た途端現れたり。お願いします仕えさせてくださいという手紙が何通も毎日届き。君がされたらどう思う?」
「ですが、シレネ様、それを面白がって眺めてらっしゃいましたよね?」
そう私が言うと、シレネ様は固まりました。
クズがお好きなシレネ様です。幼き頃から既に歪んでおりました。さすがはシレネ様です。小さいころから確かな個性をお持ちであったなんて。
にこにこと私がシレネ様を眺めていると、シレネ様はやっと言葉を零されました。
「ああ、うん。こういうところだよ……。僕が言いたいのは。それを、こんな、綺麗に飾り付けてさ。僕は悲しい」
「つまりシレネ様は私のこの純愛をクズだと?!」
「……ま、まあ、そういうことになるかな」
言いにくそうに言ってから目を逸らした。
「あれ? あの、そういえば、どうしてそれをお持ちに……?」
「僕はね、君のいう『異世界』が気になって気になって仕方ないんだ。だから、君が能力を使ったり、異世界の魂がこっちの世界に来たら反応がくるようにしてね」
「あーはーなるほど?」
「ヘデラが敬語を使っていないところ、初めて見たかもしれない」
シレネ様はその綺麗な瞳を見開き、笑みを深くなされました。私、そんなに敬語の印象しかありませんかね。
「ああ、ごめん。掃除の時間がなくなるかな。僕も仕事に戻るから、ヘデラも頑張ってね」
「私はそのお言葉一つで体を這いずってでもともに地獄に行けます!」
「あはは。僕と関わった時点で既に地獄行きは確定してるかな」
そうして、書類に目を落とされました。
あ。
「シレネ様シレネ様。きちんと事実に基づいて描くので、この前に記憶を送った方にまた送ってもよろしいでしょうか」
「……もう、好きにして」
「ありがとうございますッ!」
こうした経緯で、今貴方にシレネ様の素晴らしさを説くことができております。さあ、シレネ様に感謝をッ!