表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第三章 内と外
96/181

第3話 慧眼

 羽矢さんが再度、鬼籍を開き、パンと音を立てて鬼籍を閉じる。その音に僕たちの目線が動いた。

 蓮と回向は、起き上がれそうにない明鏡を床に寝かせ、立ち上がる。

 羽矢さんは、閻王の隣へと戻り、鬼籍を返した。

 鬼籍を手に取る閻王は、目を通すとニヤリと口元を歪ませて笑う。

「ふふ……これは中々に興味深い」

 閻王の目線がこちらへと真っ直ぐに向けられる。

 その目線に捉えられるのは、モヤモヤと浮かんだ黒い煙のようなものだった。


 羽矢さんが初めに鬼籍を閉じた瞬間に、鬼籍から文字が飛び出し、捕えるようにも黒僧へと向かった。

 分離されたようにその文字が明鏡の体から抜け出すと、文字は鬼籍へと戻ったが、そこに黒い煙が浮かんでいた。

 ……だけど……霊山に河原が広がった時に浮かび上がった姿……顔は霧に包まれていて見る事は出来なかったが、紫衣だけは、はっきりと見えていた。それが今、この冥府でも同じように紫衣だけが見えている。


 閻王の目線が羽矢さんに向き、頷きを見せる。

 閻王の頷きに、羽矢さんは口を開いた。


「あまりにも名が多過ぎて、辿り着くまでに時を要してしまった。あんた……その諱……捨てさせられたんだな。姓も本当ならば……」

 続けられた羽矢さんの言葉に、僕は驚くばかりだった。


「国主の子孫である『真人』であったはずだが、何故か臣下である『朝臣』……まあ、継承権争奪には、あんたのみならず、複数名絡んでいただろうからな。実権を握るには、氏族の力は絶対だ。力ある忠実な臣下がいなけりゃ始まらないってところだ。複雑な上に、厄介だったよ。出家し、僧侶となった上で法名を持つが、あんた……遁世する以前に一度、還俗しているんだな。その時の俗名も見つけたが……それってさ……前聖王と同じ理由からか?」

 前聖王と同じ理由って……。


『後継に値せず、僧侶となった。兄即位により還俗したが……』


 ……兄即位……まさか……神殿の床下に埋められていた棺って……。

 黒僧の……兄……。


『殺されたと意味させるものだ』

 だけど……殺したのは……。

 僕は、目の前の黒僧をじっと見つめた。


 あまりの驚きに混乱していたが、納得は出来ていた。

 神殿の床下に棺を埋める事が出来たのも、それだけに近い存在であったから出来た……。誰にも気づかせる事なく……気づかれていたとしても、黙認される立場にいた……そう考える事が出来る。

 それは、明鏡が口にしていた言葉からも繋がるものだった。


『継承とは……何を維持するものなのでしょう。そこにある象徴も、時の都合で変わる……ただそこに根強くもしがみ付いているものは、血統だけです。それが例え落胤であろうとも、興起の役に立つなら表にも出す……』


 ……血統……。


『その血が、呪縛をもって離さない……『絆』だと騒ぎ立てるんだよ』


 黒僧の顔を隠し続ける黒い煙が、更に黒さを増し、膨らんでいく。

 その様子に住職と神祇伯が目線を合わせ、悲しげな表情を見せていた。


 閻王の手が黒僧へと向いた。


「随分と……塗り重ねて来たようだが、我の前では通じぬぞ」

 閻王の手が動き、風圧が黒煙を払った。

 黒僧の顔を隠していた黒煙が消えていく。

 その姿が露わになると同時に、閻王は言った。


「我の別称とも言える『死神』の名を与えた藤兼……()()は、我の持つ鏡同然。その慧眼(えげん)から逃れる事など出来ぬぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ