表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第三章 内と外
95/181

第2話 迷道

「……藤兼」


 黒僧と距離を縮め、歩を進める羽矢さんを閻王が呼んだ。

 羽矢さんは足を止めたが、閻王を振り向きはせず、その声を背に聞いていた。

 閻王の呼び声に反応してか、黒僧を真っ直ぐに見る羽矢さんの表情に、笑みが見える。

 鬼籍を黒僧に見せるように開いたままの姿勢で、羽矢さんは閻王の言葉を待った。


 閻王が自分を呼ぶ事も、閻王ならばそう言う事も、分かっていたのだろう。


「我の目に、偽りは映さぬぞ」


 閻王の言葉に羽矢さんは、黒僧をじっと見つめながら、ニヤリと笑って口を開く。

「ならば……」


 ……偽り……そうか。

 黒僧と言ってはいても、その姿は明鏡なのだから。

 やはり……閻王には全て分かっている。


「その『正体』を明かすとしましょうか……無論、嘘偽りなく」


 羽矢さんは、黒僧に向けて開いていた鬼籍を両手で挟み、パンと音を立てて閉じた。

 その瞬間に、鬼籍から文字が飛び出したかのようにも浮かび上がり、黒僧の周りを囲むと、体の中に入り込んだ。


 ……あの文字……黒僧の名……?

 瞬間的に文字が動いた事で、はっきりと捉える事が出来なかったが、その文字が魂を追うように向かったように見えた。


 だが、それは直ぐに体の中から抜け、黒僧と分離されたのか、明鏡の体がガクンと落ちる。床に倒れ込む前に、蓮と回向が明鏡の体を支えた。

「まあ……意外ではないが、平気で限界を超える奴だよな……」

 蓮は、そう言って溜息をついた。

 蓮の言葉に回向は頷くと、明鏡を見つめながら言う。

「限界を超えないと分からねえんだよ……麻痺しちまって、痛いとか苦しいとか、そういう感覚が限界を超えないと響いてこない……」

「普通、逆じゃねえのか。限界を超えると麻痺するんだろ」

「それだけ……普通じゃなかったんだよ。環境的にもな」

「…… 一人で抱え過ぎなんだよ。そもそも、一人で抱えるもんでもなかっただろ」

「一人だろ……」

 悲しげに呟くように言った回向へと、蓮は目線を向けた。

「…… 一人だったんだよ、ずっと」

 再度、そう呟く回向に、蓮の表情が少し険しくなる。

「回向……お前、裏切りになった、などと思っているんじゃねえだろうな? 明鏡がお前に言った事、気にしてんのか? それは、お前の選択だったと」

「……どうだろうな」

 回向はそう呟いて、深い溜息をつくと苦笑を漏らす。

 蓮は、強い目を向けて回向に言った。


「その曖昧な言葉……高宮の前でも言えるか?」


 回向の目線が蓮へと動いたが、言葉は返さなかった。

 蓮は再び問う。


「言えんのかよ? お前、この件に関わる事を、高宮に隠そうとしていたよな? 本当はお前、明鏡との事を知られたくなかっただけなんじゃねえのか」

「なにを馬鹿な事を……明鏡の事は、もう右京も知っているだろ」

 蓮が何を思っているのかは察しているのだろう、はぐらかすようにもそう答えたが、蓮には通用しない。

「そうじゃねえ」

「……」

「明鏡がお前の手を振り切る事がなかったら、お前は」

「やめてくれ。そんな選択をした訳じゃない」

 蓮の言葉を遮って回向は言ったが、蓮は口を噤む事なく、はっきりとした口調でこう言った。


「迷う事なく高宮の手を掴む事が出来たか」


 蓮のその言葉に回向は、衝撃を受けたようにハッと短く息を漏らした。

 回向の目線が、気を失い、目を閉じたままの明鏡へと戻る。

「明鏡……」

 回向の声に、明鏡の指が僅かにも反応した。

 ふうっと長く息をつくと、明鏡の口が静かに動く。

「……勘違いをするな」

 明鏡は、目を閉じたまま、回向に言った。

「同じ道を進んだと思っていたが……突然現れた分かれ道に……俺が迷っただけだ」


 ……分かれ道……。

 その言葉に、僕の目線は蓮へと動く。

 続けられた明鏡の言葉に、蓮はふっと笑みを漏らしていた。


「俺の迷いの足止めに……お前を巻き込みたくなかっただけだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ