第43話 教判
「私と奎迦を官僧とする事が、師僧……貴方の思惑そのものであったかのように」
住職と神祇伯を官僧とする事が、黒僧の思惑…… 一体それはどういう事なのだろう。
神祇伯のその言葉に、蓮と羽矢さんが眉を顰めたが、回向は知っていた事であったのか、表情が変わる事はなかった。
だが、怪訝にも眉を顰めた蓮と羽矢さんも、予想していた事ではあるのだろう。目線を合わせる二人は、小さくも二度、頷きを見せていた。
僕としても、やはり、蓮とこの霊山に赴いた時の事を、再確認するようにも思い返す。
当主様に言われ、蓮と共にこの地に来る事になったが、この地に来てから色々な事が次々と起こり、結び付かせるようにも高宮 右京と回向に出会った。そもそも、この霊山での繋がりは、切るに切れないものだったのだから。
特に羽矢さんは、一人で霊山に登った時には、回向が関わっている事に気づいていた。
確かに……神祇伯の言うように、輪廻のように循環しているみたいだ。それは、その流れを止めなければ、延々と繰り返されるという事……。
神祇伯の言葉の後、少しの間が開いていたが、その間も神祇伯と黒僧の目線は、互いに逸らされる事はなかった。
黒僧の言葉を待つような状況に、黒僧は言葉の代わりにふっと笑みを漏らす。その通りだと思わせるような笑みを示したが、そこに言葉はない。言葉がない事に、否定も肯定も受け止める側に対して、裁を委ねるようだった。
……嫌な状況だ。
まるで、真意を読み取る事を試されているようだ。
それが分からなければその程度だと、反対に機根を試されている。
神祇伯の問いをこんな形で、返すように用いるとは……。
この黒僧……。
「……中々だな。厄介な程に」
蓮の呟きに、羽矢さんは蓮と背中合わせになるように立つと、小さくふっと笑った。
「なんだ、その笑みは。何か確信でもあるのか」
羽矢さんを振り向く事なく、神祇伯と黒僧をじっと見つめたまま、蓮はそう訊いた。
「うん? なにが?」
そう言いながらも、にっこりと満面の笑みを見せている羽矢さんに気づく蓮は、少し呆れた顔を見せた。
「惚けるな。気づいている事があるんだろうが」
蓮と羽矢さんは、会話しながらも互いの目線は一定方向を見たままだ。
僕は、羽矢さんの表情をそっと窺う。
腕を組んだまま、目をそっと伏せる羽矢さんの口元が、ニヤリと笑みを見せている。
「おい、羽矢、お前さ……」
目線を向けなくとも、羽矢さんのその表情も、考えている事も蓮には分かるのだろう。
羽矢さんは、得意げな表情を見せて顔を上げる。
「ふん……お前のその態度も、そういう事か」
そんな羽矢さんを見て、蓮は納得を示してそう言った。
その態度……ああ、そうか……。
僕の目線が住職へと向く。
神祇伯の隣に立つ住職のその佇まいは、少しの濁りもない澄んだ空気感を周囲に与えるようで、ゆったりとした穏やかさは安堵を与える。
山頂を回るように流れる緩やかな風が、住職の纏う黒衣をふわりと優しく揺らした。
肩越しに住職へと目線を向ける羽矢さんは、住職の真意を知ってなのだろう、ふっと笑みを漏らす。
その笑みの答えが明らかとなるように、住職の言葉が静かに流れた。
「聖道を捨てて浄土と成すは、衆生に於いての要義……」
続けられた言葉。それは、黒僧への返答だった。
「教を簡ぶにはあらず、機を料らえば、機根を疑い、差別を生む事もありはしないでしょう」




