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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第二章 陰と陽
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第37話 向上

 蓮の呪を受けて、回向が膝をついた。

 その様を見ると蓮は、ふっと笑みを見せ、ゆっくりと手を下ろした。

「……依……悪いな……これだけは譲れない」

 ……蓮……。

 衝撃を受ける僕は、その心情を抑制する為の理由を探す間もなく、羽矢さんの声が耳に飛び込み、目を見張った。



「蓮っ……!!」

 羽矢さんが蓮へと向かって来る。


『例え……お前が俺から離れたとしても』


 その言葉を僕はどう受け止めればいいのだろう。

 ただ……それでも分かっている事は……。

 回向へと攻撃したような蓮。回向は力尽きたようにも地に膝をつき、そのまま動かない。

 それでも僕は……。


「羽矢さん……! 待ってください……」

 僕が止めるより先に、羽矢さんの手が伸びる。

「待てる訳……ねえだろ。依……いくらお前の頼みであっても、それはお前が思う結果とは程遠い」

「羽矢……さん……それは……どういう意味……」

 愕然とする僕。蓮が目を閉じる。

 羽矢さんの手が蓮の肩を掴み、蓮を軸にくるりと体を回転させて飛び越えた。


 ……え……? 蓮を飛び越えた……。

 僕の目が羽矢さんを追う。



「なあ? 黒僧」


 羽矢さんが蓮を擦り抜けた時に、蓮の口元には笑みが見えていた。


 ……明鏡。


 僕たちの後ろで倒れていた明鏡が立ち上がっていた。

 蓮を飛び越えた羽矢さんが、明鏡の腕を掴んでいる。


 だけど今……黒僧って言った……。


 そして。

「回向っ……!!」

 羽矢さんの呼び声に、声が返ってくる。


「向上……! 九会(くえ)成身(じょうじん)より、仏果流動……!」

 回向の声が大きく響き、ドンッと強く地を叩いた瞬間、バリバリと音を立てて地を何かが張っていく。

 蓮は、僕の腕を引き、羽矢さんは明鏡の腕を離すと、それを避ける。

 次の瞬間、蔓のようなものが地から浮き上がって伸び、明鏡に絡みついて身動きを封じた。


 回向がこっちへと歩を進めて来る。

 その足取りは、さっきまでの疲労感を見せる事なく、力強いものだった。


 蓮の隣に立った回向は、明鏡へと目線を向けながら蓮に言う。

「援護が遅いんだよ、紫条」

「はっ。援護も何も、血を吐くまで気づかなかったくせに、よく言うな。自分の体の状態は自分が一番分かってんだろうが」

「……お前、早い段階で気づいていたな? それでも羽矢が止めるまでが合図だと、他力に依った訳じゃねえだろうな?」

「ああ、当然だろ。 お前、死神のあの目、見たか? 生者の魂まで狩る勢いだったぞ。なあ、羽矢?」

「はは。策士が得意の罠張ってんだから、それに乗らない訳にはいかないだろう? 依まで騙しちまうくらい本気だったんだからな。なあ? 依。驚いただろう?」

「あ……えっと……はい」

 にっこりと笑みを見せる羽矢さん。僕は困惑していたが、蓮が穏やかな笑みを見せて僕の頭をそっと撫でた。


「騙すとか言うな。実際、流れが変わる直前に比和になった。同じ力が働いた事によって循環出来なくなったんだよ。俺は流れを元に戻しただけだ。それに気づかれる訳にはいかねえだろ。俺の直ぐ後ろにいたんだからな。 逆相剋……侮ったのはどっちかな……?」

 蓮の目線が明鏡へと向いた事で、僕は全てを察する事が出来た。


 蓮は、空に向けて切るように手を振った。

 降り出した雨が止むと、月が顔を出し始めた。

 うっすらと辺りを照らす、柔らかな光が降り落ちる。

 地に溜まった水に月が浮かんだ。


「雨は天より降り落ち、水面(みなも)に落ちて泡沫(うたかた)を作る……泡沫は水を離れず、生滅の理由は自業(じごう)(さい)……」

 回向が明鏡へと歩を進めながら言葉を続ける。

「……水面に映る月は、鏡のように見えても偽物。身に宿る自我も同じ事……」

 回向の手が、印契を結ぶと言った。



「まだ門は開いたばかりだ。門を()()までの全てを……開示する」

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