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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第二章 陰と陽
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第34話 大乗

『俺の名は親父が付けたんだ』



 走りながら僕は、頭の中で言葉を繋ぎ合わせていた。

 瑜伽……回向。

 それは仏道に於いて、その道を進む者であれば知らない言葉ではない。



 二派同時に行われた断壊。一派は法則通りに、もう一派は厭魅を加えて行った。

 法則通りに断壊を行ったのは、水景 瑜伽……今は神祇伯だ。

 だが、断壊を使える神祇伯は、その当時には僧侶であった事は間違いではない。それも断壊を使えるとなれば……高僧だ。

 だとしたら、元より験者であったという矛盾は、確かに生じる。

 験者も呪力と法力の両方を使うが、それは思想の基礎を追求するよりも、『(じゅつ)』として成り立つ験力を求めるものだ。


 回向にしても、神仏分離後の修験禁止令で、寺に属したと言っていたが……。

 それでも、回向も神祇伯も、呪力も法力も使える事は事実だ。


 ああ……だけど。

 神祇伯は回向にこう言っていた。

『もう……隠れる必要もなくなったか、回向』

 あの言葉の意味って……。



 回向へと向かって指を差したままの黒僧に、敵意を感じない訳がない。

 明鏡にしたって……回向に敵意を向けていた。その紫衣を引き継いだ事に、答えはあるのだろう。



 黒僧の手が回向へと伸びる。

「や……め……!!」

 焦りが言動よりも先に行動を促すが、回向と羽矢さんは黒僧の直ぐ近くで倒れていて、僕の位置からでは間に合わない。

 辺りを包む炎が勢いを増して、僕の行手を阻んだ。

 燃え盛る炎が目前に広がって先に進めない。

 

 先に進めず、僕の足が止まると、炎の勢いが弱まるが、再び足を進めようとすると、また大きく炎が上がる。


「羽矢さんっ……!!」

 目を開けて……黒僧を止めて……!


 黒僧の手が回向の腕を掴み、じっと見つめた後、ふっと笑みを見せる。

 もう片方の黒僧の手に炎が浮かび、回向の腕へと近づけていく。

 回向の腕に刻まれた種子字を焼くつもりなのか。


 歩を進めれば、大きく膨らむ炎。

 こうなったらもう……。

 僕は、両手をグッと握り締め、炎を抜けようと歩を踏み出す。

 行くしかない……!


 そう決心した瞬間、声が走り、僕の足が止まった。

 流れた声に安堵が溢れる。



「だからなんだ? そんな事、とっくに知ってんだよ」


「羽矢さん……!!」

 地に伏せたままの体勢でありながらも、羽矢さんは、黒僧の手をグッと掴んで、回向から引き離そうとする。

 黒僧は、回向へと向けた炎を、今度は羽矢さんへと向けた。

 だが、その手が別の手に掴まれる。


 ……回向……!


「……験者だろうが……半俗だろうが……僧侶だろうが……還俗して神職者だろうが……俺の名は『回向』だ……名付けって……意味を持って付けるだろ。俺の名は親父が付けたんだ。親父がそうしろと俺に託した……それだけだ」

 黒僧の手を掴んだまま、回向は立ち上がる。

 炎を放つ黒僧の手を掴んだ回向の手に力が込められると、回向の腕に刻まれた種子字が真っ赤に色を放ち、炎が吹き飛んだ。

 その勢いで、黒僧との距離が多少作られた。

 回向の手が大きく動くと、黒僧の周りに炎が回る。


「焼かれてたまるかよ。二度はないと言っただろう。悪いな……」


 回向の足が力強く地を踏み締め、その震動が伝わって地を震わせると、また別の炎が上がり、辺りを囲む炎を吹き飛ばした。

 炎が消え、うっすらと白い煙が霧のように漂い、一瞬だけ視界を曇らせたが。

 それが晴れると、はっきりとその姿を浮かび上がらせる。

 回向のその手には、檜扇が握られていた。


 クスリと笑みを漏らすと回向は、止めた言葉を続けた。



「炎を操るのは、得意なんだよ」

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