第33話 一如
その均衡が崩れたとしたら……。
蓮の表情に僅かな緊張が見えた次の瞬間、耳を貫くような爆ぜる音がし、視界が遮られた。
回向の手が動きを見せた中で起きた事に、頭の中に現状を把握する為の言葉を溢れさせる。
『蓮……俺、お前だけは敵に回したくないと、心底思うよ』
『冗談だろ。羽矢……お前とやり合ったら、俺の方が劣を踏む』
明鏡が口にした言葉によって、以前の蓮と羽矢さんの会話を同時に引き出させた。
視界が開けた時には、反射的に身を起こしていた。
その事で吹き飛ばされたのだと気づき、辺りを見回すと、皆、地に倒れている。
「蓮っ……!」
誰よりも先に僕が目を開けられたのは、蓮が僕を庇ったからだと直ぐに分かった。
身を起こした僕の下に、蓮が仰向けで倒れていた。
「蓮っ……!!」
蓮を呼ぶが、反応がない。
回向が動きを見せた後、それは起きた。
何故、どうして。
焦る心が冷静さを取り戻そうと、目や耳と神経が集中し、全身が理由を探す。
五輪塔が現れた事で、黒僧の力は抑えられていた。なのに……。
回向が法力を操りきれなかった反動でも起きたのか。だけど回向が……そんなはずが……。
それとも、回向が動きを見せる際に、明鏡が何か事を起こしたのか。
だが、その明鏡も反応なく地に倒れている。
まだ黒僧が……。
僕たちを囲むように、また炎が辺りを巡った。
真っ赤に染まるその光景に、思い出さずにはいられない出来事が、この場に蘇る。
それは、あの時の事が今、起きている出来事のように感じられた。
「……その意を知らずして、よくも集まったものだ」
炎の中にちらりちらりと見える姿から、声が聞こえた。
……黒僧。
そう直ぐに判断出来たのも、その姿に紫衣が見えたからだ。
蓮も羽矢さんも、皆、反応なく地に倒れたままで、黒僧の声を聞く事が出来ているのは僕だけだ。
僕は、小さくも息を飲んだ。
だけど、今、僕が立ち上がらなければ、皆を救えない。
僕は、意を決するようにギュッと両手を握り締め、黒僧へと向かった。
「何故……この地なのですか。その意とは、何を示すものなのでしょう。そう仰るのであれば、どうぞあなたの口からお答え下さいませんか」
僕の問いに、黒僧が答える。
「神仏に願いを乞うのも、自身の救いを求めるが故。行き着く先の身の置き場は、安堵を示す答えに過ぎない。その安堵を得るが故の、成就と成すものは、せめてもの思いを他世に託し、転生の結びは真に知るべき神仏との一体化。成仏の意味を取り違えるな」
「ここにいる者たちは、その意味を取り違えてなどいません。だからこそ……」
続けるはずの言葉が続けられなかった。
僕の言葉を止めるように黒僧が、僕を指差した事に声が止まった。
声を出せなくなった訳ではないが、言葉を飲み込んだ僕に黒僧の言葉が先に立った。
「絶対的に同一である真の姿。一つも異なる事なく平等であり、つまりは不二同一。そう言いながらも生じる矛盾は、何処で取り繋ぐ? 何故、この地と言ったな……ふふ。少しも疑問を持った事はなかったのか」
黒僧の言葉に僕は眉を顰めた。
その意図に僕が気づけていないと、黒僧は受け取ったのだろう。
僕に向けていた指が、黒僧の近くに倒れている回向へと向いた。
「あ……」
思わず声が漏れたが、僕は意識よりも先に体が動き、回向の元へと駆け出して行く。
『その意を知らずして……』
黒僧の言葉と明鏡が口にした言葉は。
『その均衡が崩れたとしたら、あなたも彼と敵対する事にもなる訳……か? それならば……』
続けられた言葉も。
「ここに初めて来た時に見せていた験者の衣……その後に至っては法衣を纏う。霊山中腹に埋められていた大日如来の像、その化身とされる不動明王は、験者にとっても同じであろう。だが……元は験者……?」
それが何かと、言葉のない僕の問いにも、言葉が返ってくる。
それは、気づいていた事ではあったが……深く考える事はなかった。
蓮が言っていた事の本当の意味……。
『その秘密……それに、その過去……奪われるぞ』
「ならば何故、『瑜伽』と『回向』という名を付けられたのかな……?」




