第32話 秘釈
『俺たちが共通して使うとするならば、それだけだもんな』
黒僧が姿を現していたところに、五輪塔が浮かび上がった。
五輪塔は下から順に『地、水、火、風、空』という、万物を生成する五大要素の象徴だ。
これは仏教に於いてのものではあるが、道教に於いての五行に繋がるものでもある。五行とは、木、火、土、金、水だ。
それを人体に当て嵌め、五臓をも示し、そこに陰陽を配置する。
五輪塔の形としても、人が座した姿を思わせるものだ。
その五臓には、それぞれ眼、耳、鼻、舌、身が当て嵌められる。
そしてそれは、浄界への導きに境界はなく、全ては平等であり、門派を問わず一処であると、成仏の形をとるという。
「羽矢」
回向が羽矢さんを呼んだ。
羽矢さんは、回向を振り向いて、笑みを見せる。
羽矢さんの笑みに答えるように、回向も笑みを見せた。
ああ……そうだ。
この二人は……。
『十方世界、一仏国土。密厳大日、極楽弥陀、名は異なれど一処同体』
何処からか緩やかに吹き抜けた風が、羽矢さんの纏う黒衣を揺らした。
「あ……」
この時、僕は。
「どうした? 依」
思わず声が漏れた僕に、蓮が不思議そうに顔を覗く。
「……いえ」
そう言いながら笑みが浮かんだ僕の表情に、蓮は僕の思った事を察したようだった。
ふっと笑みを見せ、僕が向けた目線へと蓮の目が動き、その目が羽矢さんを捉えると静かに二度頷いた。
羽矢さんと住職が、時に応じるように黒衣を纏うのかを、初めて真に理解した。
羽矢さんも住職も、共に『死神』の異名を持っている。
だが、黒衣を纏っていても、進むその道が変わる事はない。
使う法力も、自身が領域とする浄界への導きの為の方便だ。
『平等』
そんな言葉も思い浮かんだが、元は官僧であった住職は、御役御免であろうとも、結果、位を捨てて遁世し、その後、自身で門を開いた再出家者だ。
つまりは無位無官、位のない遁世僧が着けた法衣は黒であり、それは出家者も同じだった。
だが、そもそも、寺の後継である羽矢さんは、遁世僧でもなく、出家者でもない。
仏の道を進む中で、法衣の色は階級を示すが、黒衣は階級でいえば最下位に当たる。
……だけど。
そんな事じゃないんだ。
僕の思考を追うように、明鏡の言葉が流れていくようだった。
『国の中心としたその主要部には、門を隔てて寺がありました。その思想は、あなた方のように浄界への道筋を示すものではなく、そもそもの人という存在の概念を示すものです』
黒僧は、黒僧と呼ばれながらも紫衣を纏っていた。
『ですが、弔うという手立てはまた別の話……死した者の体は打ち捨てられ、ただ朽ち果てていくのを待つばかり……』
羽矢さんと回向が、合図を送るように小さく頷き合う。
羽矢さんが回向の少し後ろに下がった。
『地獄というもの……それ自体もまた、同じ意味を示すのでしょう。そのような事よりも……そもそも都合のいい解釈には、矛盾が生じるものです』
上下の門……。四方を固めた回向の手が、四方の間を縫うように細かくも動きを示し始める。
回向を見守る蓮の隣に立つ明鏡が、その様を見つめながら静かに口を開いた。
「即身成仏を願えば、打ち捨てられた『器』の弔いなど行われなくとも、九相図の通り、初めから器への執着を断ち切れる方便と言えると思うか……?」
「本来、備わっている智慧…… 一切全ては仏になれるという、本覚を言っているのか」
「はは……藤兼 羽矢と共に行動しているだけあって、詳しいな」
「……まあな。だが……秘密を有する者としては、根底からの繋がりを理解する事が、自身の力を差し示す。それを相生というか、相剋というか、表すものは陰陽であり、互いに作用しつつ、穏当な循環を保つ……その均衡が崩れなければ……な」
「その均衡が崩れたとしたら、あなたも彼と敵対する事にもなる訳……か? それはあなたも彼も理解しているはず。それならば……」
蓮の表情に僅かな緊張が見られたところで、爆ぜる音と共に視界が遮られ、続けられた明鏡の言葉が皆に届いたのか……。
知る事も出来なかった。




