第31話 法界
「……悪いな。二度はない」
ふっと笑みを見せて回向はそう言い、明鏡を振り向いた後、蓮と羽矢さんに目線を変えた。
向けられた回向の目線に、蓮と羽矢さんは顔を見合わせて、小さく頷き合った。
……元の……霊山……。
誰よりも……いや……皆、分かっての事だった。驚いているのは僕だけだ。
回向が突然、僕に訊ねたあの事は。
……この事だったんだと、衝撃を与える程にはっきりと、証明された事だった。
仏塔……それは。
そもそもが供養塔だ。
元の霊山の姿に戻ったとはいっても、廃仏毀釈が起きる前のものではない。
長い年月の中で、そこに生を宿していたのは草木だけで、人が足を踏み入れる事などなくなっていた。
当主様が僕と蓮に、この霊山に行けと言うまで……。
誰がこの地に足を踏み入れたというのだろう。
そして……。
霊山から戻った後に、地蔵菩薩が移されていった……。
様々な思いが重なって、僕の頬に涙が伝った。
「依」
蓮の声に僕の足が歩を踏み出す。
「おいで、依」
差し出される手は、僕のあるべき処を指し示して、僕は迷わずそこに辿り着く。
僕には僕を見つけてくれる人がいた。
河原も炎も消えて、露わになった地に転がっている石はあちこち砕けてはいたが、それぞれ形が違っていたというのは分かる。
それは、回向が唱えた言葉でも察する事が出来たものだった。
……五輪塔だ。
ここに何度か足を踏み入れてはいたが、この石を目にする事などなかった。
ずっと埋もれていたんだ。長い間……見つけられる事なく、ずっと。
「……あれだけで、よく気づいたな」
回向の言葉に蓮と羽矢さんは、まあなと呟いて笑みを返す。
「お前の声で炎が動いたからな。結界の中に入れたという事だろ」
蓮の言葉に、回向は頷く。
「それに……」
蓮はそう言いながら、羽矢さんへと目を向けた。
「はは。俺たちが共通して使うとするならば、それだけだもんな。なあ、蓮?」
「ああ、そうだよな、明鏡?」
蓮はそう言って明鏡を振り向いた。
明鏡は、言葉を返す事もなく、目を伏せていた。黒僧を掴んだ自身の手を、もう片方の手でギュッと掴む仕草は、悔いを感じている事を思わせる。
掴みきれなかったと思っているのだろう。
黒僧の声も聞けず、その姿はもう消えている。
明鏡は、その手の感覚を掴むように、強く手を握り締めていた。
掴む事が出来たという感覚を、その手に願うような仕草だった。
明鏡の様子に、蓮は少し困ったように溜息をつき、回向に委ねるように目線を向ける。
回向は静かに二度頷くと、明鏡の元へと近づき、ポンと軽く肩を叩いた。
明鏡は、伏せていた顔を上げ、回向へと目線を向ける。
「懺悔……するか?」
そう言った回向の声は、穏やかな口調だった。
明鏡は、両手をグッと握り締め、返事をする事もなかったが、回向には伝わっているだろう。
回向は、分かったと言うように、頷きを見せた。
そして、地に転がっている石へと手を触れた。
光の脈が石へと向かい、バラバラになった石を繋ぐように絡んでいく。
それでも、石が組み合わされて塔の形を戻す事はなかったが、それぞれが持つ色を表し始めた。
「輪円五智の仏、天円地界の身骨は両界を示す」
回向の声に、パッと辺りが明るく照らされる。
回向は、明鏡を振り向くと、笑みを見せて言った。
「上下の門……開いてやるよ」




