第26話 選択
「方便とはまた別の真実か、それとも方便を含めた真実か。無上であるとの根拠を示す化法を、否定するつもりはないが、俺が持つ無上の方便は、『密』としての化儀を示す。何がどう真実を示すか、試してみようか?」
時を経てしても変わる事のない仏の本質を示す、無上の化法。
時を経て変化する方便を示す、密としての化儀……。
回向の言葉に、黒僧の笑みが止んだ。
その反応に回向は、自身の笑みを隠すように顔を伏せる。
黒僧の周囲を漂う霧が顔の半分を隠し、互いの全ての表情は窺い知る事は出来ないだろう。
見える口元だけが、その心情を露わにする。
河原を背にし、僕たちの方に体を向けている羽矢さんは、目を閉じたままだが、その口元は回向と同じに笑みを見せた。
今……僕たちの前にこの黒僧が姿を現していても、この者の時は今にまで至って続いているとは言えはしないだろう。
だけど……無上の化法……か。
僕の目線が明鏡へと動いた。
明鏡は、半身を起こしていたが、立ちあがろうとはしなかった。
立てた片膝に腕を下ろし、項垂れている姿は、僕たちの前に立ち塞がった時の、自信満々であった姿が嘘であったのかと感じてしまう。
蓮も明鏡の様子は気になったようで、ちらりと目線が向いたが、困ったようにも溜息をついた。だが、黒僧が現れた事もあり、無関心とも言える明鏡の様子に、蓮の苛立ちが声になる。
「……おい。お前が立ち上がらなくてどうする」
蓮の声にも明鏡は反応を見せない。
「そこに座ったまま動かねえなら……蹴るぞ、邪魔だ」
「……俺が断ち切れなかったものを……お前たちが断ち切れるというのか」
顔を伏せたまま、明鏡は答えた。
卑屈にも言った明鏡に、蓮の苛立ちが増したようだ。
「ふん……お前が持っているものが無上だと、俺たちに優劣をつけたのは、そういう意味だったのか? 自分が出来ないから、出来る者など誰もいないと。大した法王様だな。全てを知っているお前が、選択して一つの道を進む俺たちには、成し遂げられる訳がないとでも?」
蓮の言葉に明鏡は、顔を上げた。
明鏡は、蓮と目線を合わせた後、回向へと目線を向け、そして河原へと目を向ける。
じっと河原を見つめる明鏡の表情が変化した。
明鏡のその様子に蓮は、ふっと笑みを漏らすと、河原の前に立つ羽矢さんを真っ直ぐに見つめながら言った。
「明鏡……お前が全てを知り、全てを手にしたのは選択出来なかっただけだろ……羽矢も回向も、全てを知っているのはお前と同じだ。全てを知って、選択したんだよ。羽矢も俺も後継ではあるが、それは強制された訳じゃない。自分にとって選択すべき道だったという事だ。『一界に二仏の存在はない……だから一つの門の中に二つの存在は成り立たない』お前、そう言ったけどさ……別に優劣をつける為でもないだろ」
明鏡の目線が河原へと向いたと同時に、回向が羽矢さんの側へと歩み始めた。
羽矢さんがゆっくりと目を開けると、明鏡に向けてニヤリと笑みを見せた。
「俺? 何を選択したって、決まっているだろ……」
ずっと河原に背を向けていた羽矢さんだったが、そう言いながら河原へと向きを変える。
黒衣の袖が大きく振られ、バサリと音を立てて翻ると法衣に変わった。
「俺、無量なんで」




