第25話 化法
「黒僧。殺したのは……あんたか。宝剣に掛けた呪いも……な」
現れた姿を見据え、回向がそう言った後に、羽矢さんは回向に伝えるようにも、声なくも口を動かした。伝えられる言葉は、以前に羽矢さんが言っていた事と同じに重なり、回向は、分かっていると伝えるように瞬きをもって返すと、羽矢さんは再度、手を合わせながら、目を閉じた。
山中他界。
冥府とも繋がっているこの霊山は、死者を呼び寄せる事が出来、回向が説いた界、曼荼羅の最外は、三界が配され、その南方には閻王が置かれている。
冥府との繋がりを持つ羽矢さんであるならば、呼び寄せるにも難はないだろう。
それが……どのような者であったとしても。
きっとそれは、再度、鬼籍を確認すると言って冥府に行った時に、閻王と話し、許諾を得た事であるのだろう。
女性の姿に重なるようにもうっすらと、もう一つの姿が浮かび上がった。
僕は、そこに現れたのが誰であるのかよりも、目線が行ったのは、その姿が纏っている衣……。
……紫衣……だ。
「……回向」
河原を見据え、手を翳す回向を蓮が呼んだ。
回向は、蓮に目を向ける事はなかったが、蓮が何を伝えたいのかを分かっているのだろう。
「問題ない」
はっきりとした口調で、回向はそう答えた。
蓮は、ふっと笑みを見せる。
「そうだよな」
「ああ、当然だ」
「お前の思うままに、行けばいい。それでも……もしもの時は援護する」
「ああ、その時は……頼む」
回向は、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと言葉を続けた。
「壇上に宝剣…… 断壊を行い、そこで勝敗を分けたなら成就物となった宝剣は、当然、本体が成就物だ。だが……神剣と呼ばれる宝剣は、本体であるなら国主と共にあってはならない。成就物となった宝剣には、強い神力が籠るからな。強力な神力は、本体に留まりきれず、周囲にまでも影響を及ぼす。一剣は成就物ならば、神殿の床下に埋められていた棺の中に、本体があった事も頷ける。なあ……黒僧……」
回向は、河原に浮かび上がるもう一つの姿へと手を差し向けた。
「本体を国主の元に置き、更に厭魅を掛けたのは何故だ。当時の国主を殺すなら、本体を側に置くだけでも十分に効果はあっただろう」
紫衣を纏ったその姿は、河原から漂うように流れる霧が覆い、顔をはっきりと捉える事は出来なかったが、笑みを見せる口元だけは見えた。
口元だけで見せるその笑みは、回向を見くびったように思えた。
だけど……。
ふっと回向は鼻で笑う。
黒僧が自分をそう思うと分かっての事だったのだろう。
笑みを浮かべる回向は、その笑みを隠すように俯いた。
その仕草に僕は不思議にも思ったが、俯きながら呟いた言葉に、回向の真意を知る。
「聖意を知り得ないとは……残念だ」
……聖意。それは仏の意志だ。
回向は、伏せていた顔を上げ、黒僧へと目線を戻した。
そして、深く息をつき、ゆっくりと口を開く。
「それは、思想の果ての空見であるものなのか……そしてそれは……」
回向が口にするその言葉が、黒僧に何を伝えているか……。
この者にとっての『方便』となり得るものであったのだろうか。
「方便とはまた別の真実か、それとも方便を含めた真実か……立場を分つ為に伝える奇譚は、事実であると証明すれば、成仏出来るのか? 無上であるとの根拠を示す化法を、否定するつもりはないが……」
回向のその問いは、黒僧の笑みを止めた。
「俺が持つ無上の方便は、『密』としての化儀を示す。何がどう真実を示すか、試してみようか……?」




