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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第二章 陰と陽
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第25話 化法

「黒僧。殺したのは……あんたか。宝剣に掛けた呪いも……な」


 現れた姿を見据え、回向がそう言った後に、羽矢さんは回向に伝えるようにも、声なくも口を動かした。伝えられる言葉は、以前に羽矢さんが言っていた事と同じに重なり、回向は、分かっていると伝えるように瞬きをもって返すと、羽矢さんは再度、手を合わせながら、目を閉じた。

 山中他界。

 冥府とも繋がっているこの霊山は、死者を呼び寄せる事が出来、回向が説いた界、曼荼羅の最外(さいげ)は、三界が配され、その南方には閻王が置かれている。


 冥府との繋がりを持つ羽矢さんであるならば、呼び寄せるにも難はないだろう。

 それが……どのような者であったとしても。

 きっとそれは、再度、鬼籍を確認すると言って冥府に行った時に、閻王と話し、許諾を得た事であるのだろう。


 女性の姿に重なるようにもうっすらと、もう一つの姿が浮かび上がった。

 僕は、そこに現れたのが誰であるのかよりも、目線が行ったのは、その姿が纏っている衣……。


 ……紫衣……だ。



「……回向」

 河原を見据え、手を翳す回向を蓮が呼んだ。

 回向は、蓮に目を向ける事はなかったが、蓮が何を伝えたいのかを分かっているのだろう。

「問題ない」

 はっきりとした口調で、回向はそう答えた。

 蓮は、ふっと笑みを見せる。

「そうだよな」

「ああ、当然だ」

「お前の思うままに、行けばいい。それでも……もしもの時は援護する」

「ああ、その時は……頼む」

 回向は、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと言葉を続けた。


「壇上に宝剣…… 断壊を行い、そこで勝敗を分けたなら成就物となった宝剣は、当然、本体が成就物だ。だが……神剣と呼ばれる宝剣は、本体であるなら国主と共にあってはならない。成就物となった宝剣には、強い神力が籠るからな。強力な神力は、本体に(とど)まりきれず、周囲にまでも影響を及ぼす。一剣は成就物ならば、神殿の床下に埋められていた棺の中に、本体があった事も頷ける。なあ……黒僧……」

 回向は、河原に浮かび上がるもう一つの姿へと手を差し向けた。


「本体を国主の元に置き、更に厭魅を掛けたのは何故だ。当時の国主を殺すなら、本体を側に置くだけでも十分(じゅうぶん)に効果はあっただろう」


 紫衣を纏ったその姿は、河原から漂うように流れる霧が覆い、顔をはっきりと捉える事は出来なかったが、笑みを見せる口元だけは見えた。

 口元だけで見せるその笑みは、回向を見くびったように思えた。

 だけど……。


 ふっと回向は鼻で笑う。

 黒僧が自分をそう思うと分かっての事だったのだろう。

 笑みを浮かべる回向は、その笑みを隠すように俯いた。

 その仕草に僕は不思議にも思ったが、俯きながら呟いた言葉に、回向の真意を知る。


聖意(しょうい)を知り得ないとは……残念だ」


 ……聖意。それは仏の意志だ。


 回向は、伏せていた顔を上げ、黒僧へと目線を戻した。

 そして、深く息をつき、ゆっくりと口を開く。

「それは、思想の果ての空見(くうけん)であるものなのか……そしてそれは……」

 回向が口にするその言葉が、黒僧に何を伝えているか……。

 この者にとっての『方便』となり()るものであったのだろうか。


「方便とはまた別の真実か、それとも方便を含めた真実か……立場を分つ為に伝える奇譚は、事実であると証明すれば、成仏出来るのか? 無上であるとの根拠を示す化法を、否定するつもりはないが……」


 回向のその問いは、黒僧の笑みを止めた。


「俺が持つ無上の方便は、『密』としての化儀を示す。何がどう真実を示すか、試してみようか……?」

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