表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第二章 陰と陽
71/181

第24話 召喚

『三界を有するこの身こそ、その地獄を(とど)まらせるに明かせるものなど有りはしない』



「成仏……してくれ」

 回向の声が静かに流れる中、羽矢さんが手を合わせ、ゆっくりと目を閉じた。

 だが、羽矢さんの体の向きは、河原を背にしている。その姿勢は、女性の姿が現れた時も同じだった。

 そして、羽矢さんの口元は動きを見せておらず、経を唱えてはいない事も分かったが、法衣に変わる事なく黒衣を纏ったままで、数珠も手にしてはいなかった。


 ……門を開ける事が出来ると、蓮は言っていたけど……それは浄界へと導く為という訳ではなかったのだろうか……。

 羽矢さんが断ち切った血の脈は、渦に巻かれて河原へと沈み、再び絡みつこうと伸びてくる事はなかったが、その女性の姿はいまだ、渦に巻かれる事もなく、河原に身を浮かべたまま、そこにとどまっている。

 回向は、少しの間、その姿を見つめていたが、目を伏せると、ふうっと小さく息をつく。

 そして、目線を河原に戻し、その姿をまたじっと見つめた。


「……その地獄を留まらせるに明かせるもの……か」

 回向は、そう呟くと、ふっと笑みを見せた。

「成程」

 覚ったようにも晴れた表情で、回向は明鏡を振り向く。

 明鏡は、身を起こす事なく、仰向けに寝転んだままだったが、目線は回向へと向いていた。

 回向に向ける明鏡の目線は、言葉なくとも何かを伝えているようで、回向は分かったと言うように、小さく頷きを見せた。


 目線を河原へと戻す回向は、呟くようにも静かに口を開く。

「あの棺の中にあった……」

 ……棺……神殿の床の中に埋められていた……。

 まさか……。

 僕の目線が河原に浮かぶ姿に向くが、この女性……。

 羽矢さんも血脈を断ち切っただけで、その姿に影響を及ばせる事はなく、誰も攻撃しようとはしていない。


『そこの死神と話をつけてくる』

 ……そうだったのか……。

 蓮がそんな風に言った事も、羽矢さんが手を合わせながらも河原を背にしている事も。

 分かっていたからこその言葉であり、見せる仕草なのだろう。

 ましてや蓮は、棺の中に納められていた、それも厭魅が掛かっていたという宝剣に、一度、手を触れている。

 呪いを掛けた者が誰であるのか、辿り着けていたはずだ。

 ……それに、この女性を呼び寄せたのは、蓮と羽矢さんであるのだから。


 察した事が事実であるならば、導くという事は‥‥‥。

 だけど……回向は成仏を口にしている。

 でもそれは、確かにこの女性に向けられている言葉であるだろう。


 何処から来たのか‥‥‥何故……姿を現したのか。

 ああ……そうだ、塔……。

『我が身を供養せんと欲すれば、一の塔を起こし、分つ事なく全身を納めよ』


 あの時の回向の言葉も……。

設害三界一切有情せっかいさんかいいっせいゆうせい 不堕悪趣ふだあくしゅ……それを修得する事は……許されなかったはずです』



「殺したのは……あんたか。宝剣に掛けた呪いも……な」

 回向が口にした言葉は、僕も察した事だった。

 それは、蓮と羽矢さんは、既に気づいていた事だろう。


 回向の手が河原へと向き、睨むような目を見せ、強い口調で言った。


「黒僧」


 誄詞(るいじ)の際に諡号が贈られた。

 それは高位の者といっても、国主に限られる。

 そして、誄詞を奏した者は、高僧……。


 羽矢さんには、その誄詞も諡号も見えていた。


 手を合わせ、目を閉じていた羽矢さんが、ゆっくりと目を開ける。

 後ろを振り向く事はなかったが、羽矢さんには分かるのだろう。


 全ては自分の中に注ぎ込まれた、各々の思念でしかない。

 その無数の思念は執着を生み、その存在の成就を願う。

 元々の存在理念は、存在現象の有り(よう)で区分され、個々の区分とは縁起によって示される……か。



 河原を背後にしたまま、目を開けた羽矢さんの口元がニヤリと笑みを見せる。

 強さを見せるその笑みに、あの時の言葉が聞こえてくるようだった。


『後一つ…… 一つなんだろう……? だけど……悪いな。その一つだけは……』


 羽矢さんの口が声を発する事なく、一文字一文字を伝えるように、ゆっくりと動いた。

 僕の頭に浮かんだ、羽矢さんのその言葉と重なるように……。


(渡せない)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ