第23話 女神
浮かび上がったその姿を中心に渦が巻いた。
それでもその姿は、渦に飲まれる事なく、姿を現している。
明鏡はゆっくりと立ち上がり、力無くも小さく歩を進め始めた。
ふらりふらりと歩を進める明鏡の様子は、気力をなくしたように見えた。
河原へと近づく明鏡に、女の手が差し出すように動き、血の脈が伸びてくる。
「チッ……それ以上、近づくな! 明鏡!」
回向の手が空を切ると、明鏡に絡む前に断ち切られるが、断ち切られる度に伸ばし、明鏡に絡もうとした。
蓮が回向の脇に立ち、向かってくる血の脈を回向と共に断ち切っていく。
だが、攻撃するようにも蓮と回向に向かってきていた血の脈が、二人の脇を擦り抜けて、背後にいる明鏡に絡んだ。
「明鏡っ……!」
「……もういい、回向」
諦めたようにそう言った明鏡に、回向が苛立ちを示す。
「なに……勝手な事を言ってやがる……! 散々、掻き乱しておいて、あっさり離脱かよ。ふざけんじゃねえぞ。付き合わされている身にもなれ、馬鹿やろう。お前が諦めたところで、向こうは諦めてはくれねえぞ。その執念を断ち切らねえ限りな」
回向は血の脈を掴み、断ち切ろうとしたが、強く絡みついた血の脈が明鏡の体に浮かんでいる脈と繋がり、次第に太さを増していく。
明鏡の表情が苦痛に歪んだ。
回向は舌打ちをすると、河原に浮かぶその姿をじっと見つめて言った。
「……随分と……強引な……」
回向の言葉に蓮が答える。
「ふん……治天を定める必要があったとはいえ、強引にも結んだらしいからな。それが猶子とする事にも繋がったんだろ。そうでなければ継承も出来ない。その思いが重圧となって残っているんだろう。まあ……だからこそ執着も残るという訳か。それも役目の一つ……求めるべきものは、そこにしかないんだからな……だがこれじゃあ、その思いを果たそうとしても、明鏡の体がもたねえぞ」
冷静にも蓮はそう言って、河原へと近づいていく。
「紫条!」
呼び止める回向を肩越しに振り向くと、蓮は答える。
「待っていろ。そこの『死神』と話をつけてくる」
「手短に頼む」
「ああ、そこに難はないだろ」
蓮は、クスリと笑みを漏らして、羽矢さんへと歩を進めて行く。
「はは。事は簡潔に……か? 蓮」
「ああ、当然だ」
「承知」
クスリと笑みを漏らす羽矢さんの手に、大鎌が握られる。
「なんだ。出来るんじゃねえか」
冷めた目で羽矢さんを見る蓮に、羽矢さんはにっこりと笑う。
「だって、俺には向かってこなかっただろ?」
「ふん……それならそうと、静観しているんじゃねえ。門を開く事が出来るのなら、教えてやれよ……その救いが何処にあるのか……」
蓮の言葉が流れる中、羽矢さんは女から伸びた血の脈を断ち切った。
……速い。
バラバラと飛び散った血の脈が宙を舞う。
「回向!」
羽矢さんの呼び声に、回向の手が空を切ると、切断された血の脈が河原の中へと沈んでいき、渦に飲み込まれていく。
血の脈が沈んでいく様を見つめながら、蓮は、まだそこに浮かぶ姿へと話すように言った。
「天孫降臨……たった一つのこの上ない神は確かに女神だ。神の系譜に於いて女神は多いが……それでも……」
蓮の言葉が切なげにも、続きを話すように流れていく。
「呪いだ祟りだと鎮める為に、神と結び付け、神となった女の人神はない。ただ……御霊と敬うだけだ」
蓮の隣に回向が立った。
蓮は、ちらりと回向に目線を向けると言う。
「絡んでいるのはこれだけじゃねえぞ。一つ一つ……解いていくしかねえな……回向」
「ああ……先ずは……」
回向の声が静かに流れる。
羽矢さんが両手を合わせ、そっと目を閉じた。
「成仏……してくれ」




