第21話 灌頂
「回向……お前じゃなければダメなんだ」
蓮の言葉に回向は、蓮をじっと見つめた。
蓮は、回向の目線を受け止めると、小首を傾げて回向に答えを求める仕草をする。
回向は、言葉を返そうと口元を動かすが、吐き出さず、口を閉ざしたが、蓮の目線が回向から動かない事に顔を顰め、気を取り直すようにふうっと息をつくと、口を開いた。
「まさか俺に……灌頂……を行えと……それも……」
その言葉に蓮は、笑みを見せるが、回向は真顔だった。硬直したようにも見える表情のまま、回向は言葉を続けた。
「即位灌頂を行えと言っているのか」
回向のその言葉に、僕は何故と少し驚いたが、蓮は正解だと言うようにニヤリと笑みを見せた。
「なにを……馬鹿な事を……」
納得を示さない回向は、そう小さく呟いた。
回向のその思いも分からない訳ではなかった。神道を推し進める中で、仏教色を持ったものは、どんどん廃されていった。
即位灌頂もその一つなのだから、神仏分離後に行う事などないだろう。
だけど、蓮のその考えも理解は出来る。
「そうか?」
蓮は、笑みを見せながらそう答え、回向に向けていた手をそっと下ろし、腕に絡みついた血の脈をじっと見つめて、口を開いた。
「国の祭祀は今や神式……だが、両統迭立であった時は、神仏分離前の事だろ。国主即位の際、二派それぞれの即位法があったよな……それは一つに纏まる事なく、分かれたままだろう?」
「よく知っているな……そんな昔の事……総代から聞いたのか」
「いや……」
蓮は、クスリと静かに笑みを漏らす。
「紫条……?」
蓮の様子に、回向は眉を顰めた。
蓮は、自分の腕に絡んだ血の脈を見続けている。
「治天を定めなかったが為……か。神剣がない上に治天も定められていなかった……? ふうん……? 成程」
「おい……紫条……」
怪訝な顔を見せる回向に、蓮はクスリと笑みを見せると再度、回向へと手を向けた。
「どうやら……治天は定められていたようだぞ。まあ……それも長くは続かなかったようだが」
蓮のその言葉に、明鏡が力無くも、ははっと笑った。
「明鏡……お前、本当にどうしたいんだ?」
そう蓮に言葉を掛けられたが、明鏡は腕で顔を覆ったまま、答えなかった。
蓮は、少し困ったような顔を見せたが、回向へと目線を変える。
「紫条」
回向は、強い目を向けて、蓮の言葉の先を促す。
蓮は、ゆっくりと立ち上がると、羽矢さんと目線を合わせ、互いに頷き合った。
蓮が羽矢さんの方へと歩を進め始める。
「紫条……!」
言葉を返さない蓮に、回向が声を張るが、蓮は肩越しに回向を振り向き、ついて来いと眴をした。
蓮たちの動きにも明鏡は、その場を動く事もなく、目を向ける事もなかった。
仰向けに寝転んだまま、自分には関係ないと、関わりを断つようにも反応を見せない。
蓮は、ちらりと明鏡に目線を向けたが、明鏡のそんな様子に構う事なく、血の脈が絡んだ腕を河原へと向けて振った。
蓮の腕から血の脈が解けていく。
その様を見つめながら蓮は言う。
「ようやく、その正体が捉えられるぞ……。治天……それは国主一族の当主……」
羽矢さんは、血の脈が河原へと沈んでいくのを背後に、両手を合わせると目を閉じる。そして、ゆっくりと目を開けると、何かが浮き上がってきたが、現れたのは……。
現れた姿を見つめながら蓮は言った。
「国母とも称された……女だ」




