第14話 五逆
『お前の滅罪経……使ってみてくれよ。その法を誹謗した者も含めて……な?』
……逆縁。
誹謗したのは明鏡自身という事なのか……。
「前聖王がお前の本当の師だったんだろう?」
回向の言葉に驚いていたのは、僕だけだった。
蓮も羽矢さんも、表情を変える事はなく、回向同様、真顔で明鏡に迫っている。
前聖王が……明鏡の本当の師……。
じゃあ……黒僧とは…… 一体……。
『ある時期で継承は途絶えたと……』
『正当な系譜にはないが、庶子を表に出し、そこに充てる……つまりその者は落胤だ』
『継承とは……何を維持するものなのでしょう。そこにある象徴も、時の都合で変わる……ただそこに根強くもしがみ付いているものは、血統だけです。それが例え落胤であろうとも、興起の役に立つなら表にも出す……』
『だったら……言えばいいだろ。その紫衣……着けたくて着けている訳じゃねえってな』
あの言葉の意味って……。
『そもそも、この紫衣こそが僕の存在理念なのですよ。例え……その色を変えても……ね……?』
様々な疑問が浮かぶ中、明鏡は笑って否定した。
「何を言うかと思えば……そんなはずがないでしょう」
……だけど……。
「じゃあ……その答えを明確にする前に、少し……話をしようか」
そう言って、羽矢さんが口にする言葉に、何がどう繋がるのかと驚きもあったが、聞いている内に深く納得した。
「この処にあった神社の神木は、他の神社に移されたんだ。その神木が移された事で、高宮 右京は、その神社で神司を務めていた。あの神社……権現造りなんだよ。神仏混淆時の社殿様式ではあるが……」
羽矢さんは、明鏡をじっと見つめながら言葉を続ける。
明鏡は、眉一つ動かす事はなかったが、口を挟む事なく、羽矢さんの話を黙って聞いていた。
「霊廟を権現造りで建てている。廟が神社と名を称するのは、祀っているのは人神であり、そもそもが人神を祀るのは祟りを鎮める為だ。そして神号を与え、祟りを起こさせない為に調伏する」
僕たちの目線が明鏡に集中する事に、詰め寄られているような状況は、やはり不快であるのだろう。
それでもその感情を表に出せば、認める事になってしまう。
「それが……なにか?」
冷ややかにも見える表情で、明鏡は静かにそう答えた。
羽矢さんの言葉が続けられる。
「呪いの神社と言われていたんだよ。それも……高宮 右京が神司になってからな。高宮があの神社の神司になれたのも、祀ってあった人神が、分かれたとはいえ血族だったからだろう。まあそれも、そうなるよう神木を移したんだろうけどな。この処にあった神木は、高宮の父親、来生が宮司を務めていた神社のもの……因縁がないとは言い難いだろ」
そう答えた羽矢さんに、回向の言葉が繋がれる。
「あの神木は、廃仏毀釈が起こった場所にあったものだと、その神木を移された神社は、怨みを晴らす事に力を貸してくれる……そう都合のいい解釈を押し付けた……廃仏毀釈を行った者は、その祟りから逃れる為に、人形に呪いを向けさせ、己に呪いが降り掛かるのを避けた。それが呪いの神社と言われるようになった理由だ。親父はあの神社で調伏を続けていたんだ。怨念を持った無数の魂など、導きに値しないと怒りを露わにしていたよ……俺たちと敵対するようになる程にな。調伏の為に親父が摧魔を使っていた理由も、これではっきりした。それもそうだよな……明鏡……お前が姿を現した事が、どうやら『本体』に結び付くようだ……その紫衣を身に着けるなら……」
回向の声が重く、低く、闇夜に流れた。
「今直ぐ至心懺悔しろ」




