第12話 二徳
対抗を見せる回向にも、明鏡は怯まない。
回向と見合ったまま、明鏡は口を開いた。
「それは……他の存在があってこそ、一つの存在が理解出来るという事ですか。まさかとは思いますが、それで僕を理解出来るという訳ではないでしょう? 水景さん……あなたが与える事が出来なかったものを与える為に、他門を利用しても、理解は得られなかったのではないのですか? まあ……その存在を否定する気は、少しもありませんが」
「お前……」
回向が歯を噛み締める。
回向がこんなにも押されるなんて……。
蓮は、顔を顰めて回向を見る。
回向の言葉が続かない事に蓮は、羽矢さんにちらりと目線を送った。
蓮の目線に気づく羽矢さんは、蓮の目線を何も答えずに受け止めた。
頷く仕草もなかったが、互いに伝わっているのだろう。
許さないと口にした蓮だったが、その意図には回向が明鏡に対抗出来る流れを作ろうとしていたんだと分かった。
回向には高宮を守れなかったという後悔が足枷になって、その因が明鏡である事に、回向の心が不安定になっている。
……回向の本来の力が出せていないんだ。
明鏡と同じものを持っているという事が、その力の大きさを知り得る事でもあり、互いが理解し合えない以上、回向には高宮を守り続ける事に対して、絶対に負けられないという圧力が掛かり続ける。
それを圧力と感じ取ってしまっている事に、蓮は気づいていた。それが弱さになるからだ。
回向の言葉が返される事のない中、一方的にも明鏡の言葉だけが流れる。
「一界に二人の聖王が存在する事はなく、そもそもが存在出来る事がありません。それは仏も同じ…… 一界に二仏の存在はありません」
明鏡は、言葉を止めると、ゆっくりと瞬きをした。
そして、淡々とした口調で言葉を続けた。
「全ては同じ門から出て、新たに門を開いたというのも同じ事ではないでしょうか。一つの門の中に二つの存在は成り立たない……僕の方からも同じに問いましょう。この意味……あなた方なら、お分かりですよね……?」
向けられる目には、強さが宿っていた。それは開き直った訳ではなく、自身の存在こそが真如であると自信を持っているようだった。
「ああ……当然、分かっている」
回向は、明鏡の目を見据えながら、そう口を開いた。
回向が答えた事に、蓮と羽矢さんは少しホッとしたようだった。
葛藤が起きても、回向には真の強さがある。
自身を落ち着かせるように、深く息をつくと、回向は言葉を続ける。
「明鏡……その言葉で俺は、お前が理解出来た。両手で水を掬っても、指の隙間から水が零れ落ちて、手元に残った水は少ない……」
回向がふっと笑みを見せ、更に言葉を続けた。
「お前はそれでも救えたと言うんだろう? 明鏡……お前の持っている法は、少数にのみ対応出来るものという訳だ。だが俺は、俺たちは違う…… 一つも漏らす事なく、必ず救う」
強い口調で言った回向に、羽矢さんは笑みを見せ、よく言ったというように回向の肩をポンと叩いた。
蓮が僕を振り向くと、笑みを見せて頷いた。答えるように僕も頷く。
回向の隣に並ぶ羽矢さんは、強い目線を明鏡に向けて、こう言った。
その言葉は、明鏡にどう響いた事だろう。
「明鏡。お前には……智慧はあっても、慈悲がない」




