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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第二章 陰と陽
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第10話 喚起

『王』の力を張り巡らせ、山上……中央の……『尊』を守護……。

 それは……明鏡自身を示しているのか……。


 なんにしてもこの状況……。


『僕は『聖王』の力をもってして、その調伏をも容易とします』


 これは……かなりまずい状況だ。


 円となって繋がり合っていく光が、真夜中だという事を消し去るくらいに辺りを明るく染めた。

 だがその明るさは、柔らかく包むというには程遠く、光が強くなれば強くなる程、僕たちを掻き消すように姿を見失わせていくようだった。

 まるで……排除するように。


 息苦しさを交える緊迫感。

 警戒を示し、言葉もない中ではあったが……。


(……馬鹿だな)


 笑みを交えたそんな声が聞こえた気がして、僕は蓮を振り向いた。

 だけど、蓮の表情に笑みはなかった。真剣な表情で、明鏡を見据えている。

 蓮にしても、この状況が危機的状況であると、その表情に表れていた。


 声が聞こえたのは……僕の気のせいか……蓮ならどうにかしてくれると、僕が(すが)り過ぎているからだ……。

 羽矢さんも回向も、皆、緊迫した状況に硬直が見える。

 いつもなら、どんな状況であろうとも、返す言葉はあったのに、息を飲み込むと同時に言葉も飲み込んでいるようだった。


 明鏡の声が、更に追い詰めてくるように流れた。


勧請(かんじょう)を重ね、迎える神が多ければ多い程、より強力な結界となるのですよ。折角……これ程の数の依代があるというのに、その一つも力に出来ないとは……残念です」


 そう口にすると明鏡は、囲むように円を作り出した光に触れるように手を滑らせた。

 カッと目を眩ませる光が山全体に広がり、視界を失わせた。

 声を発する間もなく、足が地を踏む感覚が消えた瞬間、落下が始まった。

 それは、僕だけではなく、皆同じだった。


 ……落ちる……!!


 重力に比例して、落下する体は、止めようもない。

 蘇る感覚は、あの時の事……。

 初めに蓮とこの山に登った時、僕は滑落した。

 落下していく体が止まる事を望めば、脳裏を過ぎるのは死だった。


 溢れた涙は反比例して、昇っていった。

 僕は、目を閉じ、あの時の事を思い浮かべた。

 あの時……落下する中で見えたのは、蓮の姿で。

 だけど今は……何も見えない。

 ……蓮……。


『落ちねえよ』


 あの時の蓮の言葉が、頭の中に流れる。


『落ちない。依……俺もお前も』



(落ちねえよ)


 また……さっきのように声が聞こえた。

 これは僕が、縋り過ぎるから聞こえてしまう幻聴なのか。


 ああ……そうだ。

 落ちゆく中で見えたのは、僕に後悔を与える残像……閉じゆく生への儚き夢……。

 これがまたそうなのか。

 そうだとしたら……僕は。



「……離れません。絶対に」


『俺から離れるな。もし……離れたとしたら、その時は羽矢を呼べ』


「羽矢さんっ……!!」


 僕の呼び声に、羽矢さんの声が返ってくる。

光明徧照(こうみょうへんじょう) 十方世界(じっぽうせかい) 念仏衆生(ねんぶつしゅじょう) 摂取不捨(せっしゅふしゃ)……南無……阿弥陀仏」


 僕の体から光が弾け、明鏡が巡らせる結界の光に重なり、飲み込んでいく。

 全ての依代に僕から放たれる光が宿り、新たに張り巡らせる結界が浮かぶと、僕たちの姿が互いに目に捉えられた。


「依」


 蓮が僕へと手を差し出した。

 僕は、その手をグッと掴む。


 互いの手が繋がり合うと、強く弾けた光が僕たち四人に絡まり、頂上へと導いてこの処に降り立たせた。


 明鏡は、僕たちを前にすると、そっと手を下ろした。

 笑みがなくなったその表情を見ると、蓮が口を開いた。


「何故……と、疑問が顔に出ているぞ、明鏡……お前の結界は完璧だったはずだからな」

 蓮と羽矢さんがクスリと笑みを漏らす中、回向は少し驚いているようだった。

 羽矢さんは、僕の肩にポンと軽く手を置くと、明鏡へと目線を変えて、こう言った。



「ここに眠る依代は、百八十八……? お前、本当に数えたか?」

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