第10話 喚起
『王』の力を張り巡らせ、山上……中央の……『尊』を守護……。
それは……明鏡自身を示しているのか……。
なんにしてもこの状況……。
『僕は『聖王』の力をもってして、その調伏をも容易とします』
これは……かなりまずい状況だ。
円となって繋がり合っていく光が、真夜中だという事を消し去るくらいに辺りを明るく染めた。
だがその明るさは、柔らかく包むというには程遠く、光が強くなれば強くなる程、僕たちを掻き消すように姿を見失わせていくようだった。
まるで……排除するように。
息苦しさを交える緊迫感。
警戒を示し、言葉もない中ではあったが……。
(……馬鹿だな)
笑みを交えたそんな声が聞こえた気がして、僕は蓮を振り向いた。
だけど、蓮の表情に笑みはなかった。真剣な表情で、明鏡を見据えている。
蓮にしても、この状況が危機的状況であると、その表情に表れていた。
声が聞こえたのは……僕の気のせいか……蓮ならどうにかしてくれると、僕が縋り過ぎているからだ……。
羽矢さんも回向も、皆、緊迫した状況に硬直が見える。
いつもなら、どんな状況であろうとも、返す言葉はあったのに、息を飲み込むと同時に言葉も飲み込んでいるようだった。
明鏡の声が、更に追い詰めてくるように流れた。
「勧請を重ね、迎える神が多ければ多い程、より強力な結界となるのですよ。折角……これ程の数の依代があるというのに、その一つも力に出来ないとは……残念です」
そう口にすると明鏡は、囲むように円を作り出した光に触れるように手を滑らせた。
カッと目を眩ませる光が山全体に広がり、視界を失わせた。
声を発する間もなく、足が地を踏む感覚が消えた瞬間、落下が始まった。
それは、僕だけではなく、皆同じだった。
……落ちる……!!
重力に比例して、落下する体は、止めようもない。
蘇る感覚は、あの時の事……。
初めに蓮とこの山に登った時、僕は滑落した。
落下していく体が止まる事を望めば、脳裏を過ぎるのは死だった。
溢れた涙は反比例して、昇っていった。
僕は、目を閉じ、あの時の事を思い浮かべた。
あの時……落下する中で見えたのは、蓮の姿で。
だけど今は……何も見えない。
……蓮……。
『落ちねえよ』
あの時の蓮の言葉が、頭の中に流れる。
『落ちない。依……俺もお前も』
(落ちねえよ)
また……さっきのように声が聞こえた。
これは僕が、縋り過ぎるから聞こえてしまう幻聴なのか。
ああ……そうだ。
落ちゆく中で見えたのは、僕に後悔を与える残像……閉じゆく生への儚き夢……。
これがまたそうなのか。
そうだとしたら……僕は。
「……離れません。絶対に」
『俺から離れるな。もし……離れたとしたら、その時は羽矢を呼べ』
「羽矢さんっ……!!」
僕の呼び声に、羽矢さんの声が返ってくる。
「光明徧照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨……南無……阿弥陀仏」
僕の体から光が弾け、明鏡が巡らせる結界の光に重なり、飲み込んでいく。
全ての依代に僕から放たれる光が宿り、新たに張り巡らせる結界が浮かぶと、僕たちの姿が互いに目に捉えられた。
「依」
蓮が僕へと手を差し出した。
僕は、その手をグッと掴む。
互いの手が繋がり合うと、強く弾けた光が僕たち四人に絡まり、頂上へと導いてこの処に降り立たせた。
明鏡は、僕たちを前にすると、そっと手を下ろした。
笑みがなくなったその表情を見ると、蓮が口を開いた。
「何故……と、疑問が顔に出ているぞ、明鏡……お前の結界は完璧だったはずだからな」
蓮と羽矢さんがクスリと笑みを漏らす中、回向は少し驚いているようだった。
羽矢さんは、僕の肩にポンと軽く手を置くと、明鏡へと目線を変えて、こう言った。
「ここに眠る依代は、百八十八……? お前、本当に数えたか?」




