第9話 結恨
「明鏡……何故、お前がここに……」
回向がギリッと歯を噛み締めた。
山上中央の塔……明鏡のその立ち姿は、自身がそこに立つ事で、塔の存在を示しているかのようだった。
「何故……? それは愚問ですね。この処に眠る依代は、数にして百八十八……では、神仏混淆と言われた処に於いて、依代があるというのは何故ですか。それは山岳信仰から始まり、そこには元より神が棲んでいるというもの……この処が初めから神仏混淆であった訳ではないとの証明です。元より棲まう神は、寺を開くと同時に山王として祀り、その山王とは神を示すものではありますが、そこに寺が開かれた事によって、神仏混淆となったのではないですか。神仏混淆の始まり……藤兼さん……あなたが言っていた事は、正しいですよ」
羽矢さんをちらりと見るその表情は、優越に浸っている。その話自体も自身が元であり、だからこそ、神仏混淆が残る処は、何処であろうと自身の領域に出来ると言っているようだ。
「ふん……人の話は聞かないのかと思っていたが、全ての言葉は頭の中に残るようだな」
「ふふ……ですがそれは、判然ともいえるものと、付け加えて欲しかったものですね……?」
「だから権現だと言っただろうが。やっぱり聞いてねえな、お前」
「……聞いていますよ。一つも漏らす事なく……ね……?」
意味を含めた言い方に、羽矢さんは眉を顰める。
明鏡の手元に光が溢れ、その指の隙間から粒のような小さな光が、雫のように流れ落ちていく。
自身が口にした言葉を、現象によって表すようだった。
だけど、零れ落ちていく光の粒は、この処のところどころに降り落ちて、光をそこに置いていくようだった。
その一つ一つの光が、互いに放つ光を繋いで、円を作り出し、この処を囲むように結びついていく。
依代に……光が降り落ち、目覚めを遂げる……その様は、僕たちにそう思わせた。
「……明鏡……やはり……お前が右京を……また同じ事をやるつもりか」
怒りに声を震わせる回向が、明鏡へと一歩を踏み出す。
「同じ事……? その言葉には、何を理由づけますか?」
「なんだと……?」
回向の苛立ちが、逆に明鏡に余裕を与えているみたいだ。
「……回向、落ち着け」
羽矢さんが、歩を踏み出した回向の肩を掴んで止めた。
回向は、降り落ち、円となって結びついていく光へと目を向けながら、羽矢さんに答える。
「これが……落ち着いていられるか……これは依代を利用した結恨だぞ……これだけの数が結びついたら……」
恨みが……結びつく……。
「ご存じだったのなら、何故、法を説く前に行わなかったのですか。いえ……開山する前に行うべきだったのでは? それがあなたの敗因でしょう? それが出来なければ、何度救っても同じ事です。形代はまだ僕の手元にあるのですよ。僕からしても、結界の中に入る事が出来ればいい訳ですからね……まあ、この処は容易でしたが」
「……明鏡」
「僕は……あなたにそれを教えに来たのですよ。あなたもそれが知りたかったのでしょう? でしたら、結びつく前に、鎮められては如何ですか、水景さん……?」
「鎮める……だと……?」
「ああ……呪縛と答えた方が適切でしたか……?」
明鏡の言葉に、回向が舌打ちする。
「チッ……」
明鏡は、クスリと小さく笑い、余裕に満ちた表情でこう言った。
「『王』と称する神を祀り、山上中央の『尊』を守護する力を張り巡らせる……それが……『結界』なのですよ」




