第8話 機先
僕は、回向と目線を合わせたまま、言葉を続けた。
「……そうですね。それは、理論に基づいてのもの……その理論は、元よりあなた方にお有りのものではと」
「……ああ、そうだ」
「では……そもそもの仏の道の布教に於いて、仏塔に納められた遺骨は、分骨されたものであるという事は、ご存知ですか?」
「……ああ、知っている。分骨された一部……それを持ち帰ったのは、親父だからな」
「お聞きになりたいのは、その有無ですよね。それは、僕が保有している訳でもなく、仏塔の焼失と共に、失われました。分骨といっても、とても小さく、粒と呼べるもの……当時は勿論の事、それを今となって探しても、見つかる事などないでしょう」
「それは……分かっている」
不安が伝わって、回向の心情は、読み取る事が出来た。
「僕が思うに、あなたが断壊を使ったのは、高宮 来生が死した後、高宮 右京を国主とする為のものでしょう……ですが、二派同時に行われた断壊は、両統迭立の中で行われたものであり、それは当然、あなたが断壊を行う以前の事……」
僕が口にする言葉は、もう皆、気づいている事だろう。
「その時の断壊を行った一人は、水景 瑜伽神祇伯ですよね……? そしてそれが、謀反と見做されたのではないのですか?」
『継承権を失うのは、大抵は……謀反だ』
回向が口重くも言ったあの時の言葉に、蓮が言った言葉が納得へと繋がる。
『連座というなら、前聖王の方が、その責任を来生と共に背負わされるんじゃないのか。兄弟だろう、何故、弟を抜いて臣下なんだ』
そして……互いに争いつつも、国主となったのは、来生の弟……だけど、前聖王は中継ぎだ。
「……依」
蓮が僕の肩にそっと手を置いた。
「……すみません。喋り過ぎました」
「いや……いいんだ。訊いたのは俺なんだから」
回向は、そう言って静かに頷きを見せた。
微妙な空気感に、沈黙が続く。
今、何をどう口にしても、推測でしかない。
「じゃあ……行ってみるとするか」
その空気感を変えるように、羽矢さんがそう言った。
「今からかよ? 羽矢」
「善は急げ、だろ? 蓮」
「善かどうかは微妙なところだけどな……まあ、回向、お前も時を待てないようだから、行くとするか」
「紫条……羽矢……」
回向は、ホッとしたような顔を見せ、ああと頷いた。
向かう先は、霊山だった。
山上中央の塔……天子の本命……か。
既に失われているものではあるが、何かの傍証は見つけられるかもしれない。
紫水 明鏡に辿り着く、何かが……。
だけど……。
先に動いたと思っていたが、それは、そう動かされていたのではないかと思う事になった。
僕たちを待っていたかのように、そこには明鏡がいた。
辿り着いたのは真夜中で、月は高く昇っていた。遠く、遠く、手を伸ばしても届く事はない。
それでも、月の光が降り落ちて、明鏡の姿を浮かび上がらせている。
その様が『迹』を示しているようで、僕たちの会話や考える事が、筒抜けであるかのような現象に、驚きと共に恐怖さえ感じた。
明鏡は、包むように手を合わせ、手の間を開けるようにゆっくりと広げ、掬うような動きを見せる。
そして静かな口調で、言葉を発する。
僕たちに問い掛けるように……譬えた言葉で……。
「両手で水を掬っても、指の隙間から水が零れて、手元の水は残り少ない……」
クスリと小さく笑みを漏らすと、明鏡は僕たちへと目線を向け、こう言葉を続けた。
「それでもあなた方は、救えたと言えますか……?」




