第7話 傍証
「迹から始まる物語……ね。成程。本体を理解する上で、必要な傍証か。それは……面白い」
「はは。お前らしい解釈の仕方だな、蓮」
「ふん……羽矢。お前こそ、お前らしくなったじゃねえか」
揶揄うようにニヤリと笑みを見せる蓮に、羽矢さんは笑って答える。
「なにを言ってやがる。俺に俺らしいものなどある訳がねえだろ。俺は俺なんだからな」
「はっ。お前が先に言ったんじゃねえか、馬鹿羽矢」
笑い合う二人を見ている事が、僕に安堵を与えて、僕の顔にも笑みが浮かんだ。
空高く昇った月は、遠く離れて届きはしない。
どちらにしても掴む事は出来ないが、水辺に映った月の方が、空に浮かぶ月よりも近い距離にある。
それだけ、本体を見極めるに、理解し易くなるという事だ。
……理解……し易く……。
「行くなら俺も連れて行け。お前たちだけで話を進めているんじゃねえよ」
門の前で話をしている僕たちへと、声が走った。
「なんだ、明鏡と同じものを持っているだけあるな? 盗み聞きとは趣味が悪い。だが、趣味が悪い者同士でも、相性は合わないようだがな。なあ、回向?」
「紫条……お前な……」
苛立ちを露わにする回向の声に、蓮は、ははっと笑う。
そんな蓮を軽く睨む回向は、言葉を続けた。
「総代の痣が消えたと聞いた事だし、親父と共に報告も兼ねて総代に会いに行ったんだよ。お前から聞いているとは思ってはいたが、本体は俺のところに置く訳だからな……お前が羽矢のところに行っていると聞いたもんだから、ついでに寄ろうと思って来たんだ。そしたら、お前らの話し声が聞こえただけだ」
「ふうん……? その割には、向かう場所が分かっているみたいだな? 俺も羽矢も、そんな話はしていなかったぞ。一体、何処に行くと言うのかな……?」
蓮は、覗くような目で、回向を見る。
回向は、深く息をつくと、重そうにも口を開いた。
「その前に…… 一つ……確認したい事があるんだが……」
「なんだ?」
「いや……紫条、お前じゃなくて……依、お前に」
「え……僕……ですか……?」
「ああ……。焼き討ちにあった時の事……いや……やっぱり、いい」
回向にしても、僕に気を遣っているのだろう。
「おい……回向、お前……」
蓮が眉を顰める。
「霊山に行ってみれば、それでいいか……」
回向はそれ以上、訊くのをやめ、そう呟いた。
蓮と羽矢さんが顔を見合わせる。
「山上中央の塔……ですか」
僕は、会話が止まった間を埋めるように、言葉を発した。
「……依」
少し驚いた顔を見せる蓮に、僕は大丈夫と頷きを見せる。
「仏塔……仏舎利です。遺骨を納める塔がありました。廃仏毀釈にしても、その毀釈の意味は、ご存じとは思いますが、仏の教えを毀すというもの……ですが、その字に表される通り、その仏とは、釈迦如来を示すものです」
回向の目線が、確信を得たように動いた。
「お気づきの通りだと……思います。喉仏は……釈迦如来の坐す姿に似ていると言われていますから。そして釈迦如来の領域は、霊山界です」
「霊山界……紫水 明鏡か……だが、特定の本尊はないと言っていなかったか、回向?」
蓮の言葉に、僕が答える。
「法王という呼び名が、それを意味しています。そして、持経者であるという事も……です。そうですよね?」
そう回向に訊ねると、回向は、ああと頷いた。
僕は、回向と目線を合わせたまま、言葉を続ける。
「説法時の住職のあの言葉こそが、気づきを得る大きなものであると、蓮も羽矢さんも気づきましたよね。本地垂迹……ですが、ここは神仏分離に於いてのものとして、お答え頂けませんか。だから……僕に訊ねたのですよね?」
回向は、二度、小さく頷きを見せるとこう答えた。
「ああ。それは……垂迹神で明かされる事……天地開闢の根源……つまりは神生み、国生み……そして、天孫降臨に於ける神として表されているからだ」




