第5話 二門
「……なんで?」
蓮は、真っ直ぐに前を見ながら、そう言った。
その言葉が羽矢さんに向けられている事は、今の状況で理解出来る事だった。
今、僕たちは、羽矢さんの寺院の本堂で、住職の説法を聞いている。
羽矢さんは、蓮の言葉を聞こえていながらも、目線を変える事も答える事もなく、ふっと笑みを見せるだけだった。
「だから……なんで、俺たちまでここにいるんだろうな? 羽矢」
小声で話す蓮。直ぐ側に座っている羽矢さんに、聞こえないはずはないのだが、羽矢さんは蓮に言葉を返さなかった。
「お前の懺悔の為に、俺たちを添え物にでもしたのかなー? 流石は死神、容赦ねえ」
羽矢さんの表情は、笑みを見せたまま止まっている。
何も答えない羽矢さんに、蓮は淡々と言葉を続ける。
「日頃から正しておけば済む事だったろうが……大体、お前は……」
「うるっせえな!! そんな事、分かってんだよ! だから先に謝っておいたじゃねえか!」
大声をあげると同時に、羽矢さんは勢いよく立ち上がった。
「あ」
蓮が羽矢さんを見上げながら、小さく声を漏らした。
「あ」
羽矢さんもそう声を漏らし、まずいといった表情で、ゆっくりと住職を振り向いた。
「羽矢」
宥めるような住職の呼び声に、羽矢さんの表情が引き攣った。
「あー……」
羽矢さんは、苦笑しながら座り直す。
決まり悪そうな表情の羽矢さんの前に、住職が座った。
「……羽矢」
「……承知」
羽矢さんは、住職の再度の呼び声に、ただ一言、力無くそう呟いた。
住職は、少し困ったように、深く息をついた。
少し間を置いて、羽矢さんは口を開く。
「……焦るなと言いたい事は……分かっている」
「ならば、無駄な事は考えず、集中しなさい」
「……分かっている」
羽矢さんは、住職と目線を合わせず、目を伏せながら、何度も同じ言葉を繰り返した。
「……分かっている」
住職は、厳しい言葉もなく、ゆっくりと立ち上がると、説法を続けた。
羽矢さんの思いも分からない訳ではない。あれからまた数日、時が経ったが、羽矢さんの使い魔は、明鏡を見つけられずにいた。
あまりにも静かな事が、逆に平穏を害して、落ち着く事はなかったのは、僕も蓮も同じだった。
……あれ……?
続けられる住職の説法を聞き入れば聞き入る程、不思議に思えた。それは、羽矢さんは直ぐに気づいた事だろう。
羽矢さんは、伏せていた顔を上げ、住職を見る。
住職は、自身に向けられる羽矢さんの目線に気づきながらも、目線を合わせる事なく説法を続けていた。
「本に非ざれば以て迹を垂れる事なく、迹に非ざれば以て本を顕す事なし。本門、迹門、正覚と言うは迹門であり、本覚と言うは本門であるが故に、仏性差異なし」
これは……本地垂迹だ。
羽矢さんは言っていた。
『そもそもは、同じ門からなんだよ。その門を出てから、ジジイは自身で門を開いたんだ。霊山界といっても、それは同じに浄界を示している。ただ、その領域に棲む仏尊が違うだけだ』
……仏性差異なし。
だから……分かっている。
羽矢さんは、住職の説法に耳を傾けながら、ふっと笑みを漏らした。
その笑みを見る住職は、羽矢さんと目線を合わせ、深く頷きを見せる。
そんな様子を見る蓮は、ホッとしたように笑みを見せた。
羽矢さんから、住職の説法を共に受けて欲しいと言われ、蓮は躊躇う事なく承諾していた。
それでも羽矢さんを煽るような言い方をしたのには、羽矢さんの心情を察していたからだろう。蓮は、それを払拭させたかったのだと、そう思った。それは、住職も同じ思いでいた事だろう。
「気づいたのなら……行きなさい、羽矢」
強く向けられた住職の言葉に、羽矢さんは、はっきりと言葉を返した。
「無論、承知」




