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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第二章 陰と陽
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第4話 依正

「……そうか。分かった」

 高宮のはっきりとした答え方に、羽矢さんは深く頷いた。

「……じゃあ……」

 そして羽矢さんは、穴を覆うかのように手を翳した。

 高宮は、羽矢さんが何を行うかを理解したのだろう。

 三界の処。それはここに地獄があると言っている。高宮にしてもそれは承知の上だった。

 羽矢さんのその動きに高宮は、納得を示すように頷きを見せていた。


「遠慮はいらないな」


 スッと手を横に滑らせ、掴むような動きを見せると、その手に数珠が握られた。

 数珠を握った手を更に横に振ると、天から柱のように光が穴へと入っていくように、上から下へと伸びて来る。


 その光景に、高宮の表情が驚きに変わった。立ち上がり、光の柱へと近づくように歩を進めて来る。


 この間と……逆だ。

 これって……。

 僕が蓮を振り向くと、その目線に気づく蓮は、笑みを見せて頷いた。

逆修(ぎゃくしゅ)だ。この先の事を考えれば、最もな方便だな……ふ……羽矢の奴……どうやって救えばいい、か。初めから辿り着く界を決めてしまえば、その間の苦など、ものともしないでいられるだろう」

「そうですね……羽矢さんらしい方便です」

「ああ、そうだな」



 高宮は、自分が思った事と羽矢さんの行動が、相反したと感じたのだろう。

「……藤兼さん……私は……」

 驚き、震える声。

 高宮の言葉を遮って、羽矢さんは言う。

「正直……お前の覚悟は、確認するまでもなかった事だ。何が起ころうとも、自身が受け止める……例え、蛇にも鬼にもなろうとも……な。だが、お前のその覚悟が、見ている者には耐えられねえんだよ。『聖王』と呼ばれるからには、功徳を持ち備えていろ……それが全てに守護を(もたら)す、お前自身の力となるんだからな……それでこそ聖王だろ」


 顔の近くで数珠を握り締め、光を見据える羽矢さんを支えるようにも蓮が近づく。僕は蓮の背後についた。


 羽矢さんは、目線を他に向ける事なく、ただ一点をじっと見つめて口を開いた。


「界一切の諸天諸仏に礼拝(らいはい)し、奉る。縁起の境界、依正二報(えしょうにほう)をここに説き、有情の共業(ぐうごう)、浄界諸々の天神、菩薩、高明に神通洞達(じんずうどうたつ)す。天にあらず、人にあらず、虚無之身無極之体こむのしんむごくのたいを受くとす。願力所成(がんりきしょじょう)の功徳を巡らし、還相(げんそう)……」


 そう唱えた後、羽矢さんは大きく手を振り、はっきりとした口調で続けた。


「『回向』する」


 光の柱がカッと強く光を放った後、分散するように光が弾け、華となって舞い散った。



 ……美しい光景だった。

 キラキラと弾けた光が、華と舞い散り、合い重なってこの空間を柔らかに照らした。

 崩壊し、原形を留めないこの処を、美しく飾るように。


「羽矢」

 回向が羽矢さんを呼ぶ。

 手をそっと下ろして、羽矢さんは回向を振り向いた。

「後は……お前が戒を定めろ。その名が報いだと思うなら、尚更だろう。なあ……回向?」

 回向は、羽矢さんの言葉に頷くと、高宮の元へと向かう。

「……ああ、分かった……感謝する、羽矢」

 そして回向は、高宮の前で片膝をつき、高宮に言った。


「蛇にも鬼にもならなくていい……その役割は俺が担うから……お前はただそこに坐していてくれ……右京……いや」

 続けられた回向の言葉に、僕たちは回向に並んで、高宮を前に片膝をついた。


「聖王」


 はっきりと、強く響いたその声を聞く高宮の頬に、涙が伝った。

 光を纏い、舞い散る華が。


 この処にいる僕たちを、祝福しているように思えた。

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