第4話 依正
「……そうか。分かった」
高宮のはっきりとした答え方に、羽矢さんは深く頷いた。
「……じゃあ……」
そして羽矢さんは、穴を覆うかのように手を翳した。
高宮は、羽矢さんが何を行うかを理解したのだろう。
三界の処。それはここに地獄があると言っている。高宮にしてもそれは承知の上だった。
羽矢さんのその動きに高宮は、納得を示すように頷きを見せていた。
「遠慮はいらないな」
スッと手を横に滑らせ、掴むような動きを見せると、その手に数珠が握られた。
数珠を握った手を更に横に振ると、天から柱のように光が穴へと入っていくように、上から下へと伸びて来る。
その光景に、高宮の表情が驚きに変わった。立ち上がり、光の柱へと近づくように歩を進めて来る。
この間と……逆だ。
これって……。
僕が蓮を振り向くと、その目線に気づく蓮は、笑みを見せて頷いた。
「逆修だ。この先の事を考えれば、最もな方便だな……ふ……羽矢の奴……どうやって救えばいい、か。初めから辿り着く界を決めてしまえば、その間の苦など、ものともしないでいられるだろう」
「そうですね……羽矢さんらしい方便です」
「ああ、そうだな」
高宮は、自分が思った事と羽矢さんの行動が、相反したと感じたのだろう。
「……藤兼さん……私は……」
驚き、震える声。
高宮の言葉を遮って、羽矢さんは言う。
「正直……お前の覚悟は、確認するまでもなかった事だ。何が起ころうとも、自身が受け止める……例え、蛇にも鬼にもなろうとも……な。だが、お前のその覚悟が、見ている者には耐えられねえんだよ。『聖王』と呼ばれるからには、功徳を持ち備えていろ……それが全てに守護を齎す、お前自身の力となるんだからな……それでこそ聖王だろ」
顔の近くで数珠を握り締め、光を見据える羽矢さんを支えるようにも蓮が近づく。僕は蓮の背後についた。
羽矢さんは、目線を他に向ける事なく、ただ一点をじっと見つめて口を開いた。
「界一切の諸天諸仏に礼拝し、奉る。縁起の境界、依正二報をここに説き、有情の共業、浄界諸々の天神、菩薩、高明に神通洞達す。天にあらず、人にあらず、虚無之身無極之体を受くとす。願力所成の功徳を巡らし、還相……」
そう唱えた後、羽矢さんは大きく手を振り、はっきりとした口調で続けた。
「『回向』する」
光の柱がカッと強く光を放った後、分散するように光が弾け、華となって舞い散った。
……美しい光景だった。
キラキラと弾けた光が、華と舞い散り、合い重なってこの空間を柔らかに照らした。
崩壊し、原形を留めないこの処を、美しく飾るように。
「羽矢」
回向が羽矢さんを呼ぶ。
手をそっと下ろして、羽矢さんは回向を振り向いた。
「後は……お前が戒を定めろ。その名が報いだと思うなら、尚更だろう。なあ……回向?」
回向は、羽矢さんの言葉に頷くと、高宮の元へと向かう。
「……ああ、分かった……感謝する、羽矢」
そして回向は、高宮の前で片膝をつき、高宮に言った。
「蛇にも鬼にもならなくていい……その役割は俺が担うから……お前はただそこに坐していてくれ……右京……いや」
続けられた回向の言葉に、僕たちは回向に並んで、高宮を前に片膝をついた。
「聖王」
はっきりと、強く響いたその声を聞く高宮の頬に、涙が伝った。
光を纏い、舞い散る華が。
この処にいる僕たちを、祝福しているように思えた。




