第3話 蔵識
数日の間、僕たちは行動を起こす事はなかった。
平穏とは言えはしないが、当主様の痣も消え、目立った現象もなかった事もあり、姿を消した明鏡の居場所を、また突き止める事が難しくなった。
そんな中、僕たちに、再び高宮から来て欲しいと声が掛かった。
「それで? お前、なにやってんだよ、こんなところで」
大きく空いた穴を間に、蓮の不機嫌な声が前方へと向いた。
「だから蓮、聖王様に失礼だぞー」
そうは言いながらも、羽矢さんの声は単調で、表情は無だった。
……なんか……再びといった感じが……。
僕は、少しハラハラしているが、目線は、崩壊したままで仰げる空へと向いていた。
確かに……こんなところ……。
修繕しないまま、吹き曝された状態の中、平然と座っている高宮に、蓮が言った事を納得してしまう。
高宮は、少し困ったように笑みを漏らした。
「なに言ってやがる。こんな状態にしたのはお前らだろーが」
高宮の後ろにある瓦礫の山から、声と共に回向が現れた。
「はっ。それは心外だな。結果そうなっただけだ。そもそも、お前だって加担しているじゃねえか、半俗」
「紫条……」
蓮の言葉に、回向の表情が引き攣る。
「……少し違った意味ではあるが、その言い方……俺を馬鹿にしてんのか?」
「別に。それで、なんだ? お前まで来ているって事は、あまりいい話じゃねえな」
「……そうだな」
回向は、溜息混じりにそう呟くと、穴を横目に見ながら、僕たちの元へと歩を進める。
僕たちの前で、回向は足を止めると、目だけ動かして羽矢さんに言う。
「……お前も分かっただろう、羽矢」
回向の言葉に羽矢さんは、深い溜息を漏らす。
「……ああ」
羽矢さんは、大きく穴が空いたままの場所へと近づいて屈むと、穴を覗き込みながら呟くように言った。
「……三界の処」
そう言うと羽矢さんは、ゆっくりと立ち上がり、肩越しに回向を振り向いた。
回向が羽矢さんの隣に立つと、羽矢さんの目線が高宮へと向く。
「地獄と分かっていて……飛び込んだのか」
高宮は、そっと目を伏せ、穏やかに笑みを見せた。
高宮とは反対に、羽矢さんは怒っているようだった。
「……神祇伯が……回向が、いくらお前を守ろうとしたって、守るべき対象が自ら地獄へと飛び込むなら……」
「羽矢……やめろ……やめてくれ。そうじゃない。そんな事を気づかせる為に、お前たちを呼んだ訳じゃないんだ……だから……羽矢」
回向が羽矢さんの肩を掴んだが、羽矢さんの声は止まらなかった。
「どうやって救えと言うんだよっ……!!」
「羽矢っ……!」
回向は、羽矢さんの肩を掴んだまま、その手で抑制するように強く引いた。
両手をグッと握り締める羽矢さんは、高宮を真っ直ぐに見ながら、小さく口を開く。
「……悪い。言うべき言葉は……そんな言い方じゃなかった……」
羽矢さんは、冷静さを取り戻すと、言葉を続けた。
「この処が河原と繋がった時点で、分かっていた事だった。本来ならば、それより以前に気づくべきだった……『元々の存在理念は、存在現象の有り様で区分され、個々の区分とは縁起によって示される』……どうする、高宮……この処には……業の身の拠り所……縁起の境界が作られているんだよ」
ふっと笑みを漏らす羽矢さんだったが、その表情は悲しげに見えた。
「戻ると決めて戻った以上の事。藤兼さん……それは、私の覚悟を訊いているのですか? 以前にお答えしているはずです。再度の確認が必要ならば……」
高宮は、真っ直ぐな目線を羽矢さんに返しながら、こう言葉を続けた。
「その覚悟でここにいるとお答え致します」




