第2話 逆縁
……殺されたと意味するもの。
蓮と羽矢さんが、真顔で目線を合わせる中の少しの沈黙が、緊張感を漂わせた。
蓮は、溜息をつくと、髪をクシャクシャと掻き、再度、溜息をつくと口を開いた。
「……あの部屋の下に蠱物がある事は、父上は気づいていただろう。父上がここまで時を要したのにも、訳があったという事だ」
「まあな……蓮……総代は?」
「痣は消えたよ。心配ない」
「……そうか。それなら良かった」
「前聖王の殯が長引いたのも、そういう事だろ。神剣がない事は伏せられていた事実だ。即位の際に神剣がない事が明らかになる訳だからな……それに……」
「前聖王の死口の事か……治天を定めなかった為と言っていたな。それは、即位後に突きつけられた話だろう。だから即位の事実が抹消されたんだ」
蓮と羽矢さんの会話が止まる。
互いに目線を合わせたまま、二人同時に溜息をついた。
「……やられたな」
蓮がそう呟くと、羽矢さんが答える。
「まあ……何が良かった事になるのか、判断の難しいところだが……。俺たちが正体を突き止めると同時に、明鏡にとってはその事実を明らかに出来たという訳だ」
そう言うと羽矢さんは、目線を仰ぎ、何か考えているようだった。
そして、目線を仰いだまま、羽矢さんは口を開いた。
「ジジイから話を聞いたが……河原に還って来る魂は一つもなかったと……紫水 明鏡に影響が及ぶ事もなく、奴は姿を消したそうだ」
「まあ……そうなるだろうな……そもそも呪詛を掛けたのは明鏡じゃねえし。あいつはその全てを知っているだけだからな。ただ……」
「どうした、蓮?」
蓮の表情に翳りが見えた事に、羽矢さんは怪訝な顔を見せた。
「あいつ……言ってたよな。全ては自分の中に注ぎ込まれた、各々の思念でしかない……その無数の思念は執着を生み、その存在の成就を願う。元々の存在理念は、存在現象の有り様で区分され、個々の区分とは縁起によって示される」
「そう……だな」
羽矢さんの返事は歯切れが悪く、難しい顔をしながら、こう続けた。
「想起……か」
「ああ、そういう事だろ。でなければ、全てを知る事など出来ねえだろ」
「そこまで想起出来るって……中々に稀な事だぞ」
「だから相当なんじゃねえか、羽矢」
蓮の言葉に、羽矢さんの目線が蓮に戻る。
蓮は、羽矢さんを真っ直ぐに見ながら、言葉を続けた。
「そもそも、呪いを掛けるにしても、建築物の中に隠し、蠱物として入れるのは大抵は人形だ。厭魅を掛けた宝剣だけではなく、棺ごとなどと……そこに埋めるべくして埋めた事は、どう考えたって明らかだろ」
蓮の言葉の後を羽矢さんが、気鬱そうな様子で二度頷きを見せる。
「……まあな」
「羽矢」
蓮が強くも真っ直ぐに向ける目線に、羽矢さんは嘆息を漏らす。
蓮は、羽矢さんの表情を窺いながら、言葉を続けた。
「どうやら『物語』に准えるのは、神だけではないようだ」
蓮の言葉に羽矢さんは、溜息混じりにそうだなと小さく呟き、重そうにも口を開く。
「自らの過を見ず、戒に於いて欠漏あり……法を誹謗した事が、逆にその道へと進む事になる……」
羽矢さんは、ゆっくりと瞬きをすると、蓮を真っ直ぐに見てこう言った。
「つまりは……逆縁だ」




