第46話 剣鏡
明鏡を見るように、肩越しに振り向いて回向は言った。
「尊勝をもって祈り奉る」
宝剣をグッと握り締める回向の肩を、蓮がポンと叩いた。
「……紫条」
ホッとしたような顔を見せる回向だったが、その表情は直ぐに翳りを見せる。
そんな回向の心情を直ぐに察したのは、蓮だった。
「……物語、作るか?」
蓮のその言葉に、回向は蓮を振り向き、互いの目線が重なる。
蓮は、ふっと笑みを見せると、目線を仰いだ。
重なった衝撃で、天井も崩れ、雲が広がる空が見えている。
回向の肩に置いた手を空へと向ける蓮は、ゆっくりと口を開いた。
「全ての界より誘し出でる。神という名を持って降り立つ式神。その境界を繋げている橋……」
蓮が口にする言葉に、誰よりも驚いていたのは高宮だった。
「……紫条さん……それは……」
高宮の驚いた様子に、蓮はクスリと笑みを見せる。
「心配するな。失われた結び付きを、結び付けるだけだ」
空へと向けた蓮の手が、雲を混ぜるように大きく動いた。
蓮の手に反応を示し、雲が流れるように動き始め、陽の光が注がれる。
まるで……天と地を繋げる橋のように、陽の光が地へと伸びてくるようだった。
回向が宝剣を手にしているからか、光が回向の手元へと注がれていく。
「……紫条……いいのか……?」
「なにがだ?」
宝剣に注がれていく光を見つめながら、回向は答える。
「……総代の了承……貰っていないだろ……」
「それは……父上から柊を奪う事だと思っているからか?」
「……ああ」
「そう言うんだったら、お前はもう奪っている事になるじゃねえか。違うだろ。だったらお前が今、守っている神社の祭神はなんだ? それでも柊は父上から離れていない。これに説明が必要か?」
「いや……そうだな。分かっている」
回向は、苦笑しながら、二度、頷きを見せた。
蓮の言葉に、柊が言っていた言葉が思い浮かぶ。
『化作されたものに本来の姿を問うのは可笑しな事……その像も……人の手によって作られたものではありませんか。何を以て本来の姿を問おうとするのでしょうか……と、わたくしはお答え致しましょう』
「分かっているなら、宝剣と共に、その光が鏡と化す前に、高宮から遠去けろ。本体は国主と共にあってはならない」
「鏡……紫条……お前……」
「お前も分かっている通り、本来、神の姿は見る事は出来ないだろ……今のお前なら、それを本体として、その神の力を納める事が出来るじゃねえか……」
回向が部屋を飛び出していく。走り出すと同時に、大きく袖を振った回向の纏う法衣が小忌衣に変わった。
その衣を纏った事で、向かう先は、自身が宮司を務める神社だと分かった。
蓮がそっと手を下ろし、呟くように言葉を続けた。
その言葉は、この場を後にした回向には聞こえる事はなかったが、回向にはもう伝わっていた事だろう。
「尊勝……大日印をもって尊格を示し、聖王を守護するものと意義を与える……」
蓮の目線が高宮へと向いた。
「……紫条さん」
「天孫降臨……そもそもそれは『天命』だ。命を賭けて果たす事の出来る尊き者……だろ?」
蓮の言葉を真っ直ぐに受け止める高宮は、深く頷いた。
蓮はふっと笑みを見せると、回向が出て行った後の、開いたままの扉を見つめて言葉を続けた。
「尊も命も……同じに『みこと』なんだよ」




