第45話 尊勝
……目を逸らすのは、いつも僕だった。
「あいつは……相手にとっては大敵なんだよ」
僕は、回向の言葉に気づかされる。
目先の事に捉われて、僕は、蓮を真っ直ぐに見る事が出来ていなかった。
怖い、辛い、苦しいと、そんな感情に捉われてばかりで、それを打ち砕こうとする事から、目を背けていた……。
回向が蓮を見る目は、蓮の力を認めている。
「地獄に落とせ……!」
満足そうにも表情を緩める回向。口にする言葉は、一瞬も目を逸らす事がなかったから気づいた事だ。
「あいつ……やったな」
ふっと笑って言う回向の言葉に、羽矢さんは頷きを見せる。
蓮がゆっくりと踵を返し、僕たちの方を向くまでは、何の変化も見られなかった。
蓮の腕には、龍が絡みついているままだ。
だけど……。
次の瞬間に、穴から再び炎が柱のように噴き上がった。
黒煙を交えて噴き上がる炎は、憎悪を増しているように思えた。
蓮が炎を背後に、回向に向けて剣を構えた。
「紫条」
回向と蓮の目線が真っ直ぐに重なる。
「さっさと来いよ、回向」
「……ああ」
回向が蓮の元へと向かった。
蓮の前で立ち止まると回向は、炎を見据えながら言う。
「覚悟しておけよ、紫条」
回向の言葉に、蓮はニヤリと笑みを見せた。
「ふん……俺に覚悟させるなら、手を抜くんじゃねえぞ、回向」
蓮の目線を受け止める回向は、睨むようにも鋭い目線を向けて答える。
「上等だ」
「この痣が消えなかったら……お前、覚悟しとけよ?」
「うるせえ。そんな言葉、必要ねえだろ」
「ふん……任せたぞ、回向」
「ああ」
蓮は宝剣を下ろすと、炎へと飛び込んだ。
炎の勢いが強まり、蓮を飲み込んでしまったかのようだった。
……信じている。
だから僕は、目を逸らしてはいけない。
回向が印契を結ぶ。
「紫条……お前が受け入れてくれたお陰で……」
回向は言葉を続けながら、蓮を飲み込んだ炎の中へと入って行く。
「結界を破る必要もなく……結界の中に入る事が出来るんだからな」
自らを媒介とする事で……道を繋いだんだ。
炎の中へと入っていった回向。その姿は炎の中に消え、蓮と共に見えなくなったが、回向の声が聞こえてくる。
「|諸法無願与無願性相応故 諸法光明……」
柱のように噴き上がった炎が、回向の声に反応したのか、炎がゆらりと大きく揺らめいた。
回向の声が途切れる事なく、流れ続ける。
「欲重顕明此義故……以自剣揮斫一切如来 以説此……!!」
更に続いた回向の声と同時に、炎が切り刻まれるように左右に吹き飛んだ。
一瞬にして吹き飛んだ炎。蓮と回向の姿がそこに現れる。
蓮の腕に絡みついた龍が離れていく。
同時にパッと光が弾け、鱗の痣が花弁のように散った。
蓮は、宝剣を回向に差し出した。
回向が蓮から宝剣を受け取ると、蓮の腕から離れた龍が、ぐるりと二人を一周し、天へと昇って行くように消えていく。
ザアッと衣を揺らす風が流れると、ふわりと柔らかな光が、宝剣を包むように緩やかに舞った。
回向が静かに口を開く。
「願うべきでないものの実体は消し去った。この世の現実は無願……それは執着から離れるという対象……」
そう言うと回向は、肩越しに振り向き、言葉を続けた。
「宝剣は天子であり、不動明王であり、聖王を守護するものと意義が与えられたからには、進む道が示されるものだ。明鏡……よく聞いておけ。宝剣返還に期し……」
回向は、手渡された宝剣をグッと握り締め、深く息を吸い込むと、言葉を続けた。
「尊勝をもって祈り奉る」




