第44話 大敵
「間に合ったって……どういう事ですか……」
硬直した表情で、高宮は蓮に言う。
「私は……あなたを犠牲にする為に、協力をお願いした訳では……もう……それ以上は……」
強張った顔を見せる僕たちと反対に、蓮は笑みを見せて答える。
「なんだ……お前、神祇伯と同じような事を言うんだな。それなら俺は……父上と同じ言葉を返すしかねえな」
……蓮。
「俺は身代わりになっている訳じゃない。だから……やめろなどと言うんじゃねえぞ」
そう言うと蓮は、龍に宝剣を向ける。
「来い」
龍は大きく身をくねらせ、蓮へと向かった。
蓮の体に龍が巻き付くと、龍の身から炎があがり、蓮の姿が炎の中に消えた。
蓮っ……!!
声のない叫びが、体の中から破裂するようだった。
……分かっている。分かっている。
それでもただ見守っているだけなんて……!
僕の腕を掴む、羽矢さんの手の力が強かった。
僕の腕を掴みながらも、羽矢さんは蓮を見つめている。
「……蓮」
名を呟く羽矢さんが、グッと歯を噛み締めていた。
次の瞬間に、炎の中からキラリと光が放たれ、炎が断ち切られるように吹き飛んだ。
そこには宝剣を振り切った蓮の姿があり、無事だったんだとホッとしたが、蓮の腕に小さくなった龍が絡みついていた。
ポタリポタリと、蓮の腕から血が落ちる。
龍が腕に絡みつく力が、鱗模様の痣から血を流させている……そう感じた。
……宝剣を持つ者を離さない……逃がしはしない。
呪縛……そんな言葉が頭について離れない。
僕は抱えた思いに耐え切れず、羽矢さんの腕をグッと掴んだ。
「……本当に誰も……手を出してはならないんですか……目の前で……呪いを受ける者より……見ている方のが辛いなんてありえません……だったら……少しでもその苦しさが和らぐように……その苦しさを分け合ってもいいのではないですか……蓮一人が……当主様一人が……背負う事など……」
「依……」
涙ながらに訴える僕に、羽矢さんは、掴んだ僕の手にそっと手を置いた。
「そう思うなら……もう分け合っているだろう?」
「……羽矢さん……」
「見ている者がそう思いを抱える事は、蓮が一番分かっている。だから止めるなと……蓮は言っているんだ」
……分かってる。分かっている。
そう何度も頭に響くが、やはりその言葉は飲み込めず、納得が出来なかった。
泣き崩れる僕に、強い声が降り落ちた。
「依」
その呼び声に顔を上げる。
僕を呼んだのは回向だった。
「お前……あいつの何を見てきたんだ?」
「何って……」
「分からないなら、一瞬でもあいつから目を逸らすんじゃねえ」
僕に言葉を投げ掛けながらも、回向の目線は蓮を見ている。
ああ……僕は……。
なんだかんだと言葉を並べて……辛いと逃げていたんだ……。
僕は、蓮へと目線を向ける。
ポタポタと流れ落ちる血を気にもせず、蓮は宝剣をグッと構える。
体に受ける痛みは、僕が想像するよりも大きいものだろう。
だけど、宝剣を構える蓮の手に、震えなど見えなかった。
「紫条 蓮……あいつは、勝算のない賭けは絶対にしない……いや、そう言うよりも、何が起ころうとも、負けるという言葉があいつの中にはないんだよ。それも……どんな状況であっても、それでも相手に全力を求めてくる。そんな嫌な奴だ……」
蓮が宝剣を大きく振り翳した。
「地獄に落とせ……!」
蓮の声が強く響いた後に、回向はふっと笑って言葉を続けた。
「それは……相手にとっては大敵なんだよ」




