第38話 形代
「ご紹介しましょう。父です」
クスリと笑って明鏡は、僕たちにそう答えた。
……この龍が……明鏡の父親……?
僕の驚きは大きく、吐き出す言葉もなかった。
それでも頭の中では様々な事が即座に結びついて、前聖王、そして高宮や、高宮の父親である来生が巻き込まれる事になった理由が、目の前に現れたその姿と共に一つに纏まっていた。
それは蓮たちも同じだっただろう、その姿を見上げ、納得しているようだった。
龍が大きな鳴き声をあげた。
ビリビリと空気に与えられる震動が、体にまで伝わる。
「……成程。だが……これはどうしたものか……」
羽矢さんの表情に、僅かではあったが緊張が見えた。
「確かにな……どうしたものか、だな……もう祓うとか鎮めるの問題じゃねえな……」
蓮が羽矢さんの隣に立ち、そう答えたが、直ぐに回向を振り向いた。
蓮のその仕草に、羽矢さんの表情が和らいだ。
「やっぱり、そうだよな」
「当然、そうだろ。なあ、回向?」
蓮の呼び声に回向は、なんだか少し不機嫌だ。
それは蓮の回向に向けた表情にあるのだろう。
回向は、髪をクシャクシャと掻き、仕方がないとばかりに蓮の元へと行く。
ニヤリと笑みを見せる蓮に、回向は溜息をついた。
「紫条……お前ね……俺に投げたな」
「お前なら分かるだろ。いや、お前にしか分からねえ」
蓮は、またニヤリと笑う。回向もまた、溜息をついた。
回向が蓮から離れた事に、何か始めるのかと思っていたが、回向が向かったのは、明鏡の元だった。
龍が天へと昇るように、河原の上をグルグルと回る。
巻き起こった風が、河原にいる神祇伯と住職が乗る舟を大きく揺らすが、神祇伯の檜扇が風を打ち破り、揺れを抑える。
龍は何度も天へと昇ろうと動きを見せるが、昇る事は出来ず、また河原の上をグルグルと回った。
「……妙だよな?」
回向は、龍を見上げながら、明鏡に言った。
「何が、でしょう?」
明鏡も龍へと目線を向けながら、そう答えた。
「妙だろ」
そう繰り返す回向に、明鏡の表情に企みを感じさせる笑みが見えた。
「ですから……何がですか」
「お前……持っているんだよな? だったらこの状況……妙だろ」
「それは……何に対しての言葉でしょうか。答えに困りますね」
「二剣とはそういう意味か。お前が持っている宝剣……」
回向のその言葉に、明鏡の目線がゆっくりと動く。
回向と明鏡の目線が合うと同時に、回向は言った。
「本体じゃねえな。形代だろ」
……形代。
回向は、僅かな表情の変化も見逃しはしないと、明鏡の目をじっと見ていた。
明鏡は明鏡で、悟られまいとしているのか、目線を動かす事もなく、表情も変える事はなかった。
回向が強い目で明鏡を見れば見る程に、明鏡は口を閉ざすようだ。
「……羽矢」
回向は、明鏡を見つめたまま、羽矢さんを呼ぶ。
……様子が急に変わった。
明鏡は、回向の言葉に否定も肯定もしていないが、それが回向にとっては確信に変わったようだった。
「お前の使い魔を呼んでくれ」
緊張感が伝わる様子に、蓮と羽矢さんが目線を合わせる。
「早くしてくれっ……!!」
焦りを見せる回向に、蓮と羽矢さんの表情も変わる。
「親父……!! 俺が戻るまで、抑えていられるか? いや……抑えていてくれ! 頼む!!」
回向の叫びに、神祇伯が頷く。
羽矢さんが使い魔を呼ぶと、回向はこう言った。
「俺を右京のところに飛ばしてくれ」
「回向……お前、高宮には……」
「話は後だ、羽矢」
「分かった。俺たちも行く、蓮」
「ああ。依、行くぞ」
「はい」
僕たちは、この場を神祇伯と住職に任せ、使い魔の背に乗る。
龍が暴れ回るように河原の上を回り続ける中、羽矢さんの使い魔が龍を擦り抜けていく。
この場を離れてしまって大丈夫なのだろうかと、僕の不安は大きかったが、回向が口にした言葉に、その不安が別なところに向いた。
「……右京が危ない」




