第37話 性相
明鏡は、自身の衣にスッと手を滑らせた。
「その色を変えても……ね……?」
紫衣を塗り替えるように、暗い色が紫衣を染めていく。
……黒衣。
クスリと得意げにも見せた笑みは、羽矢さんに対抗しているようだ。
まるで……自分も死神であると言うように……。
三界を有する者……その救護も自在……法を操る法王。
「ふ……そう来なくてはな」
羽矢さんは、興味深そうに笑みを返す。
明鏡は、河原に近づくと、神祇伯と住職が乗る舟をじっと眺めた。
神祇伯も住職も、明鏡が事を起こす事を待っているようだった。
……この河原で…… 一体、何をしようというのだろう……。
羽矢さんが明鏡の隣へと歩を進める事に、大丈夫なのだろうかと不安になったが、蓮が僕を振り向いて頷きを見せた事に、何か起こった時の策はあるのだと思った。
明鏡の手が河原へと向き、水を掬い上げるように下から上へと動きを見せた。
水面が小さな波を立て始める。
明鏡はゆっくりと水面をなぞるように指を動かし、その仕草を何度か繰り返した。
その仕草が繰り返される度に、波が大きくなっていく。
水面を見つめ、手を動かしながら、明鏡は口を開いた。
明鏡が口にしたその言葉が、耳に馴染んでいたものであった事に、納得とはまた違っていたが、理解するには易しかった。
「国の中心としたその主要部には、門を隔てて寺がありました。その思想は、あなた方のように浄界への道筋を示すものではなく、そもそもの人という存在の概念を示すものです。眼、耳、鼻、舌、身、意。色、声、香、味、触、法……それはあなた方も理解している事とは思いますが、心というものを知る事が出来なければ、覚りにも辿り着けない……争い事の絶えない世には、人という存在の概念を正す事……その手立てがこの道に繋がったのだと僕は思っています」
「……成程。理解に易しいな」
羽矢さんはそう答えて、静かに頷きを見せた。
「……ですが、弔うという手立てはまた別の話……死した者の体は打ち捨てられ、ただ朽ち果てていくのを待つばかり……無惨にも朽ち果てていくその器が鬼と化すのも、その様を目にする事が自然であったからでしょう。人の姿とは到底思えない、その姿を見る事が、恐怖を煽ったに過ぎません。地獄というもの……それ自体もまた、同じ意味を示すのでしょう。そのような事よりも……そもそも都合のいい解釈には、矛盾が生じるものです。その矛盾に抗う為に、存在現象の有り様で区分するのも、一つの方便というものではないでしょうか」
「……否定はしないがな」
明鏡の手が、河原を切るように大きく振られた。
「まあ……僕は、その存在自体も認めたくはありませんけどね……」
皮肉な言い方だった。
河原の水が泡を膨らませ、ボコボコと次第に大きな音を弾けさせる。
明鏡は、冷めた目でその様を見つめていた。
ブワッと河原の水が噴き上がり、龍が姿を現した。
……これは……。
あまりの驚きに、僕は息を飲んだ。
当主様が祓おうとした時に現れた龍と同じだ。
来生の魂をも飲み込み、前聖王の魂にも執着していた……。
明鏡は、その姿を示すと、僕たちを振り向き、クスリと笑って言った。
「ご紹介しましょう。父です」




