第33話 新主
明鏡の手に握られた宝剣。明鏡は、それを回向へと向けた。
天子即位……山上中央の塔……。
「明鏡……お前……」
剣を向ける明鏡を、回向は睨む。
「気づきませんでしたか? 同じ修法……そこに置かれる本尊も同じ。そこに揃う『象徴』は、皆、同じなのですよ。鎮護国家、天子守護、怨敵降伏……そう称する『象徴』は同じでしたよね。ただ違うのは、誰を立てて行うものなのか……ではないですか」
「天子の……本命……壇上に……宝剣……だと……?」
回向は、途切れ途切れにそう呟くと、目を伏せ、納得のいかない顔を見せた。
明鏡の言葉に引っ掛かりを感じているのだろう。
「壇上に……宝剣……宝剣……? 冗談だろ」
同じ言葉を口にすると、回向は目線を明鏡に戻す。
「それが……疑問に思われますか?」
「……いつからだ?」
苛立ちを交えた、回向の声が重く響く。
「いつ……? 宝剣を置いた事ですか? そうですね……どうお答えしましょうか。僕は元々、その修法でしたので、あなたの疑問が僕には理解出来ませんね。同じだと思っていましたので」
ふっと笑みを漏らすと、回向を斜めに見る。
回向は、両手をグッと握り締めながら、はっきりとした口調で反論した。
「本来なら、壇上に剣は置かない。ましてや、宝剣などと……」
「ああ……そうでしたね」
明鏡は、回向がそう答えるだろうと知りながら、わざとらしさを見せる言葉を返した。
回向は、明鏡を睨みながら、否定を続ける。
「剣は祈祷後に造られるものだ。初めから剣を置くなど……」
「では…… 一剣ではなく、二剣だとしたら、どうですか」
納得のいかない回向に、明鏡はさらりとそう返した。
「二剣だと……?」
回向の表情が更に険しくなった。
「ええ。二剣です」
はっきりとそう答えた明鏡に、回向は眉を顰め、神祇伯に答えを求めるように、目線を向けた。
神祇伯は静かに二度、頷きを見せると、明鏡に答える。
「その一剣が……成就物か」
神祇伯の返答に明鏡は、満足そうに笑った。
「振り返ってみれば、ご存じの通りではなかったですか。法に気づいたのなら、成就物があると思うのは自然な事でしょう? だからこそ、宝剣と名がつくのですから。ただの名も無き剣とは、訳が違うのですよ」
そして明鏡は、剣を回向に向けたまま、クスリと笑ってこう言葉を重ねた。
「一度の成就が力を持つものとなり、それがあるからこそ、絶対に叶うと約束される契りが結ばれる……」
「……明鏡」
明暗を分けるようだった。
回向と明鏡の思いの中にあるものが、あまりにも違い過ぎて。
だがそれが、今に繋がる『何故』の。
無数に張り巡らせ、絡み合った糸の始まりだった。
「成就物がない事が、何よりの証明ではないですか。それはご自身でも……いえ。ご自身だからこそ、分かるのではないのでしょうか。 成就物となった剣は、国主が持つ神剣とされる……天孫降臨と言うならば、尚更ですね。ふふ……神剣なき即位ですか…… 一度ならず、二度も苦しませる事になるとは……」
笑みを見せながら続けられた明鏡の言葉に、回向はギリッと歯を噛み締めた。
それは、とても残酷な言葉で。
明鏡が回向に向け続けるだけの剣は、その言葉だけで、回向の胸を刺すような意図を感じさせた。
「高宮 右京を殺したのは、あなたでしょう? 水景 回向」




