第32話 仏眼
神祇伯が放った光は、明鏡の手元の光に溶け込むように入り込んでいく。
……結界を破らなくても、結界の中に入る事が出来る法……。
「摂引容受……ですか。水景神祇伯……これは……喩えですよね。忘れてなどいませんよ。僕が知らないはずがないでしょう……他のどのような呪法をもってしても、破る事など出来ない法ですよ……簡単に行えるものではないと、お分かりのはずでしょうから」
一体となっていく手元の光を、冷めた目で見つめる明鏡。
「勿論だ」
「僕は、調伏をもって地獄から離れさせた訳でもなく、あなたにしても、僕から奪おうと思ってはいない……当然です。ここにあるのは魂と呼べるものではなく、言うならば思念……でしょうか。離れられないのですよ……その思いが染み付いたものからは、その魂が何処に流れようとも、降り立つ事が出来る『依代』のようなものと言えるのではないでしょうか」
「それが……喉仏だと?」
神祇伯の言葉に、明鏡は静かに笑みを返した。
そして明鏡は、間を置くようにふうっと長く息をつくと、言葉を重ねた。
「断壊に断壊を重ねても……道が分かれるだけ……仰る通りです。摂引容受は、断壊を破るまでには至りませんが、断壊に唯一対抗出来ると言える法です。効力を和らげる事が出来ますからね……そのような事……分かっている上で使うに決まっているでしょう……」
力なくも静かな口調で明鏡は言ったが、向ける目線は真逆で、強い目を見せていた。
そして、続けた言葉には、その目同様、力が籠っていた。
「本来ならば、という話です」
明鏡が口にする言葉は、蓮は既に気づいていた事だった。
「両統迭立……その争いの中で行われた断壊に、摂引容受は適さないのです。それでも摂引容受を使うのは、水景神祇伯……あなたが仰る通り、表裏一体であるからです。言い換えれば、その法しか使えないという事でしょう? 使える法は、それ以外にないのですよ」
「……そうだな」
「相手を調伏する為に使う法に、受け入れようと理解を示す必要はないでしょう。それでもその法を使うのは、その法に最も強い効力があり……」
明鏡の言葉に被せて、神祇伯は言った。
「『聖王』の力そのものだからだ」
神祇伯の言葉に、明鏡は頷く。
そして明鏡は、クスリと笑みを漏らすと、こう答えた。
「その聖王の力を互いに使い、勝利した方が正しく聖王と呼ぶ事が出来るというものでしょう……?」
……これは……布告……。
ザッと足を動かし、身構えたのは神祇伯を始め、僕たちの方だった。
明鏡は、自身の手元に置かれたままのその光へと、もう片方の手を入れる。
クスリとまた笑みを漏らし、明鏡は言いながら光の中から手を抜いた。
「時節到来というものでしょうか……?」
その一派には、特定の本尊はない……それだけに多様……。
光の中から手を抜くと同時に、その光は消えたが、明鏡のその手には……。
……宝剣……。
「お前……やはりあの時……」
回向の声に目線を動かす明鏡は、宝剣を回向へと向け、こう答えた。
「天子即位の際に印契を結ぶ。山上中央の塔には、天子の本命を置き、仏眼をもって祈り奉る。壇上に置くのは……」
続けられた言葉は、その宝剣を見ても明らかで、回向の表情を険しくさせた。
「不動明王の宝剣」




