第31話 表裏
「『来生』その名に……覚えはありますね……?」
住職の言葉に、明鏡の表情が初めて大きく変化した。
だがそれは、明鏡だけではなく、回向も同じで。
……どうして……回向まで……。
「……回向」
崩れ落ちるように地に膝をついた回向に、羽矢さんが寄り添った。
「俺は……」
回向の声は震えていた。地を掴むように動いた手。削り取った土に指が埋もれる。そのまま土を握る回向は声を震わせ、こう言った。
「……なにが……『回向』だ……その名を嫌ったのは、親父が理由じゃない……親父の所為にしたかっただけだ。本当は……」
回向は、檜扇から手を離した。
「その功徳を使えなかった自分を嫌ったんだ……!」
……功徳を使えなかったって……。
聖王……。
……断壊。
回向も……断壊を使った……?
それは……いつ……。そもそも何故、使おうとしたのだろう……。
顔を伏せ、土を握り締める回向に、厳しくも声が降り落ちる。
「立て」
強い口調で回向に言ったのは、神祇伯だった。
回向は、その声に目を向けもせず、肩を震わせていた。
「立てと言っている! 回向!」
声を荒げた神祇伯に、回向は顔を上げた。
「お前が勝手に断壊を使った事を、私が気づかないとでも思っていたか?」
「……親父……」
「お前は戒を破った……断壊は最も秘密とされる大法だ。許されるはずがない」
「……分かっていた。それは俺自身が作った罪だ……その名に返るものが、呪いも同然となるのも……報いだ」
回向は、また目を伏せた。
「断壊に断壊を重ねても道が分かれるだけだ……だが……」
続けられる神祇伯の言葉に、回向はハッとした顔を見せる。
「気づきながらも止めなかった私にも……罪はある」
神祇伯は、誤解を受けると知りながらも、言い訳などしなかった。自身の行いがどう自身に返ってくるかを理解しているからだ。
神祇伯へと目線を向けた回向に、神祇伯は頷きを見せると、明鏡へと目線を変えた。
「断壊はどのような術や法をもってしても、その結界を破れはしない。お前の力は認めざるを得ないようだ。だがお前は、一つ忘れていないか。断壊を調伏として使ったなら、私は……」
神祇伯は、差し出すようにそっと手を向けた。
「その『聖王』の力をもってして断壊を知り、尚且つ、摂引容受を知っている。無論、使う事も……な」
摂引容受……それは……受け入れるという法……。
明鏡の表情が悔しさを見せた。
確かにこれは……。
明鏡は、自身の持つ力の大きさで、その存在を示している。
その力の大きさは、自身を守る結界のようなものだ。
その結界を破ろうとすればする程に、より大きな力を放出する事だろう。近づく事など出来はしない。
それならば……。
神祇伯の手がふわりと柔軟に動いた。
「断壊に敵う呪法はない。あれこれ呪法を駆使しても、力を使う分だけ無駄となるものだ。そもそも、勝ろうとする必要がない。ならば、結界を破る必要もなく、結界の中に入る事が出来ればいい。それが……」
揺れるように滑らかに動く光が、神祇伯の手元から、明鏡の手元へと伸びていく。
明鏡の手元にある光が、神祇伯が放った光に緩やかに絡んだ。
その光が、明鏡の手元の光に溶け込んでいく。
神祇伯の背中を見つめながら、ゆっくりと立ち上がった回向の肩を、羽矢さんがポンと軽く叩いた。
回向は、羽矢さんに言葉を返すように深く頷く。
明鏡の表情が硬直を見せる。
神祇伯は、手を明鏡へと向けながら言葉を続けた。
「表裏一体ではなかったか?」




