第30話 断壊
住職は、明鏡が自ら口を開く事を待っていた。
だが、その言葉がなかった事に、住職は語り掛けるようにゆっくりと口を開いた。
「貴方……」
明鏡は、笑みを浮かべた表情を変える事なく、住職が口を開いた事にも響くものはなかったのだろう。
住職がそう……言葉を口にするまでは……。
……明鏡がその言葉を耳にするまでは。
「聖王の力をもってして行う法……他の法は阻まれ、どのような法をも効力を得ず、成就はない……」
住職のその言葉に、明鏡は眉を上に動かし、得意げな表情を見せる。
住職は、そんな明鏡の表情を見つめながら、変わらず穏やかな口調で言葉を続けた。
「法を行った処を中心に強力な結界が張られ、破る事も不可能でしょう。それ程までに強力な法力ですから、無論、伝授するにも、授ける者を選ぶものです」
「当然ですね」
そう答えながら明鏡の目線が、神祇伯へとちらりと向く。
その目線の動きは、何度か繰り返された。
皮肉でもあるのか、嫌味に見えるその仕草に、回向の目が鋭くなる。
明鏡にしても、回向がどう思うかにも気づいているだけに、わざとそうしているのだろう。
……秘密。
『秘密が多いのは、二派同様です』
その秘密は、共有されてきたもの……。
神祇伯を敵視しているのは明らかに分かったが、それは、その法力を神祇伯が使えるかどうかの見定めでもあったのだろう。
若しくは、神祇伯がその法を使えたとしたら、使ったとしたら、どちらの力が効力を示したかを明白にしたいように思える。
秘密は……認められた者にだけ伝えられる。
その秘密を知っているという事が、その者の力の大きさを示す事になるのだから。
住職と明鏡の会話が続く。
「その法……断壊……ですか」
……断壊って……だから『聖王』と……。
「流石は秘密をお持ちの事だけはありますね」
その言葉が出た事に、明鏡は満足そうだった。
その法を授けられているという事が、どれ程までに大きい力を持っているかを悟らせるからだ。
だが。
明鏡が笑みを浮かべていられたのは、そこまでだった。
住職は、悟りを得るようにゆっくりと瞬きをする。
そして、目を開けると再度、口を開いた。
住職が口にする言葉は、僕たちが今に至るまでの痕跡を辿ったものだと分かった。
「お一方……他世に身をお捨てになられている。ご存知でしょうが、他世とは、来世……死後の未来を示す言葉です」
住職のその言葉に、回向が明鏡に言った言葉が、響くようだった。
『繋ぎ合わせて一体としたのは、誰の代わりだ?』
明鏡の目が睨むように住職を見た。
住職の表情は変わる事はない。
動かす事なく明鏡を見つめ続けるその目は、真を見据えている。
蓮と羽矢さんが、目線を合わせて静かに頷きを見せた。その仕草の前に蓮は、回向をちらりと見ていた。
……気遣っていたんだ。回向の思いを晴らす為にも。
だから蓮は……。
回向の力を借りたいと言ったのも、本当はこの為……。
『葬送は仏式……高宮の父親は、誰が送った? 俺にはその答えは、一つしか見えねえんだよ。葬送を司る氏族『水景』……お前の父親が国に属し、神祇伯となったならば、その葬送を行ったのは……』
回向の両手がグッと握られる。悔しさを握り潰すように。
……僕は気づけていなかった。
『お前しかいねえんだよっ……! 水景 回向!』
葬送を行ったのが回向なら、その導きは正しく行われたはず。
だけど回向は、道が狂ったと言っていた。
起伏なく、穏やかにも流れた住職の言葉は、何も見落とす事なく、核心を突いた。
「貴方の門にもその別名がおありでしょう。『来生』……無論、その名に覚えはありますね……?」




