第28話 邪正
無上……自身の持つ法が、この上ないものであると、悠々とした表情を見せる明鏡。
羽矢さんと回向は、何も答えず、明鏡を見つめていた。
言葉ない状況が続いたが、少しすると羽矢さんは、明鏡から目線を外し、門へと目線を向けた。
「……地獄……か。そうだな……」
そう呟くと羽矢さんは、門へと歩を進め始め、回向が後を追った。
明鏡の言葉に答えるよりも、優先すべき事があるのだろう。
二人の様子を興味深そうに見る明鏡だったが、何も出来る訳がないといった様子だ。
羽矢さんは、門を間近に見上げる。
「……それじゃあ……足りねえな」
そう言って羽矢さんは、肩越しに明鏡を振り向いた。
明鏡に向ける表情は、いつもの羽矢さんで。
穏やかなその笑みに、揺らぐ事のない信念が見える。
羽矢さんのその表情を見る蓮は、クスリと笑みを漏らした。
「……まったく。羽矢の奴……どっちが策士だよ。芝居染みた顔見せやがって」
蓮は、呆れたようにもそう言ったが、ホッとしているようだった。それは僕も同じで、門を目前に立つ羽矢さんの堂々とした様子が、眩しくも見える。
「なあ、回向。足りねえだろ?」
「ああ、そうだな、足りねえな」
さらりと会話を交わす二人を、明鏡が訝しげに見た。
明鏡の手元から、その光が離れる事はない。
そう明鏡は確信しているだけに、羽矢さんと回向の態度は虚勢に見えるのだろう。
だからなんだといった様子だ。
羽矢さんと回向は、門を見上げ、明鏡の表情など、お構いなしだ。
羽矢さんは、回向へと目線を送ると、それが合図となり、回向の声が強さをもって流れ始めた。
「尽十方の諸仏に帰依し、奉る。大威徳を成就し、真言は大日如来自体であり、化身を現し、神変を為す……南麼三曼多勃駄喃 暗」
奇跡を起こし、闇を晴らす……。
更に回向は印契を結び、続けて真言が唱えられる。
「南麼三曼多勃駄喃 梅嚩娑嚩哆也 蘇婆訶」
……この真言は……。
門全体を覆うように、炎があがった。その炎の色は、明鏡が有するこの門から噴き上がる炎よりも真っ赤に燃え盛り、その全てを飲み込むようだった。
門が、新たにあがった炎に包まれる。
羽矢さんと回向は、門を背にし、明鏡を真っ直ぐに見た。
二人の佇まいは凛としていて、明鏡を見るその目には、問いが見えた。
その目線に、明鏡の表情が険しくなった。
勢いを増す炎が一瞬だけ大きく揺れ動き、その中に姿が見えた。
次第に炎の中からはっきりと映し出されるその姿は、炎に焼かれる事などなく、こちらへと近づいて来た。
羽矢さんと回向の背後から手が伸び、明鏡の手元を指すように向けられる。
羽矢さんと回向は、道を開けるように左右に動いた。
「審理なく道は示されない。地獄の中の者なれば尚の事……輪廻転生の事なきを得ては、その審理に影響が及ぶというもの……」
……この声……。
羽矢さんは、明鏡を見つめたままクスリと笑みを漏らし、声の主へと答える。
「下界に於いての審理は、その名を委ねられた方に願いましょうか……住職……いえ……」
黒衣を纏った死神は、その力が及ぶ、あるべき処を指し示した。
バッと炎が消えるように左右に吹き飛んだ。
住職の隣には神祇伯がいて、その手には檜扇が握られていた。
羽矢さんは、じっと明鏡を見据えながら、ニヤリと口元に笑みを浮かべると、住職をこう呼んだ。
「『閻王』」




