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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第一章 尊と命
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第27話 無上

 浄界を処とする羽矢さんの手が届かないなんて……。

 執着を焼き尽くす回向の檜扇も、その執着を消せなかった。


 ……こんなの……。

 僕は、ギュッと両手を握り締める。

 どうにも治まらない感情が体を震えさせて言葉にならず、その思いが中に(とど)まり続ける事に、気分が悪くなった。

 思わず口を抑えた僕に、蓮が両手で僕を支えた。

 肩越しに蓮を振り返る僕の目に、涙が滲む。


「……羽矢と回向を信じろ、依」

「分かっています……勿論です」

 僕が抱えた思いと同じものを、羽矢さんと回向は、僕以上に重く受け止めている事だろう。そう思う事が一番、辛かった。


 明鏡の元へと降り落ちた骨は、差し伸べたその手に小さくも一つに纏まり、柔らかな光を放っている。

 まるでその手が救いを与えたというように、安穏を示しているようだ。

 だけど。

 器に残った執着は、その魂までも拘束している……僕にはそう見えた。

 そしてその魂は。


 ……ああ。

 神祇伯が言っていた事って……。


『……祟りなど……思い当たる節があるが故に……祟りだと言うのだろう。怨まれている事の因は、誰しもが気づいている事だ。それを今更、謝罪など受けても、器のない魂は行き場などない。器を奪われた魂は、奪った相手から器を奪う……』


 僕の目線が門へと向いた。

 惑わし、争いを生み、死を呼び込む。

 ……棲みつく邪鬼が骨を漁る。

 その様は、確かに地獄だろう。

 散乱していたという無数の骨は、奪い合いの末に起きた事……そう思った。



「欲したものよりも遥かに満たすものを与える事は、三界から離れさせた事に対しての虚偽になりますか」


 冷ややかな目を向けて、明鏡はそう言った。



 明鏡に言葉を返す事はなく、回向は深く息をつくと、檜扇を閉じた。

 回向が檜扇を閉じた事に、明鏡の表情に笑みが浮かぶ。

 そして、目線を下から上へと掬うように動かすと、笑みを浮かべた表情で口を開いた。

「必要がないでしょう?」

 何がと思ったが、それは直ぐに答えが出ていた。

 言葉とほぼ同時に、片手を後ろ手に回し、頭の後ろをそっとなぞる仕草は、羽矢さんが高宮に見せた仕草と同じだった。

 ……喉仏……。

 その仕草に、羽矢さんの目が睨むように明鏡を見た。


 それは、羽矢さんと回向が安穏への道へと導く為に、仏の力を使う事に対し、明鏡は、法のみをもって、法の力で安穏を与えると言っているのだ。

 苦を与えて苦を知らしめ、その苦から救い出す為に、苦から放たれる為の道を与えられると……。

 それが嘘だと言えるのかと、詰め寄るように羽矢さんと回向に迫っている。

 そしてそれは、自分だけが出来る事であり、それが出来るという事は、自身も仏と同等であると主張している。


 地獄を見せるのも、そこから救い出す事が出来るのも、自身の力があるが故。

 だから『法王』であるというのだろう。


 羽矢さんが住職に伝えるように残した言葉は、誓いそのもので。

 浄界へと導く為に、やらなければならない事が出来なければ、自分も仏にはならないと、初めからその力を見せつけるような事はしない。


 ……これが仏の顔だというのか。

 自ら地獄を見せ、拘束し、救いを与えると諭して、導く方便は本当に……。


 満足そうな笑みを見せて、手元の光を見つめる明鏡は、羽矢さんと回向にこう言った。


「無上……そう思いませんか……?」


 本当に。

 この上ないものであると言えるのだろうか。

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