第24話 具足
「……そうですか」
そう呟くと明鏡は、目を伏せたが、表情に浮かべた笑みを隠してはいない。
羽矢さんの話に気を引く事もなく、自分の中では答えが出ているようだった。
蓮と羽矢さんは、互いに顔を見合わせ、呆れた顔を見せていたが、回向の苛立ちは治まっていないようだ。
回向は、舌打ちをすると、明鏡に詰め寄る。
「お前……あの一瞬で親父を門に投げ込んだつもりだったようだが、親父は分かっていたから、隙を見せる為にこの場を後にしようとしたんだよ。俺が門に投げ込まれていようが、羽矢の使い魔は俺を追って来ていたからな、何の問題もねえ。大体……何が苛つくって……俺に成りすましてんじゃねえ」
苛立ちを露わにする回向に、少しも動じる事なく、明鏡は笑みを見せながら言葉を返す。
「上から眺める景色にご不満でしたか。ならば、尚更、あの場に棲みついて頂きたいものでしたが……どうやらそれもご不満のようですね」
「お前……」
回向の声が低くなる。
明鏡をじっと見据え、口にした言葉に、蓮と羽矢さんの表情も険しくなった。
「弔う事なく、無惨にも散乱した骨は、もうどれが誰の一部かも分からない。それでも繋ぎ合わせて一体としたのは、誰の代わりだ?」
……そんな……。
僕は門を見上げた。
「……心配しなくていい、依」
僕の様子に羽矢さんがそう声を掛けた。
「神祇伯がジジイの元に向かったのは、その為だ」
「……ですが……」
羽矢さんの言葉を信用していない訳じゃない。
使い魔が飛び出して来た事で破られた連子窓だが、その衝撃で門がガタついているのかと思っていた。だけど……。
ガタガタと響かせる音が、次第に大きくなってきている。
「大丈夫だ、依」
僕の不安が消えない事に羽矢さんは、はっきりとした声を重ねた。僕は、その声に頷く。
それでも、羽矢さんが言っていた言葉が頭の中に浮かび、嫌な予感を感じさせていた。
……死者の置き場所だと、羽矢さんは言っていた。
『俺は『魂』を導くが、相手は『器』を自身の領域に拘束するようだ』
ああ……羽矢さんは既に気づいていた。
『俺が相手にすべきは、人じゃない。その人の手によって落とされたのが地獄なら……救済に向かうだけだ』
その言葉を思い返すと僕は、羽矢さんの言葉をしっかりと受け止める。
だから……大丈夫。
笑みを見せるだけで、答えようとしない明鏡に回向が言う。
「明鏡……同じ門を叩いたつもりだろうが、結果は傍系だ。お前の『師』が手に入れる事が出来なかったものを、お前が手に入れる事が出来るとでも思っているのか?」
回向にしても、明鏡が答える事など、必要としていないだろう。
構わずに回向は、言葉を重ねていく。
「『秘密』の共有は、戒を定める……これも一つの秘密だが……」
回向は、クスリと笑みを漏らし、手を振り上げた。
……回向……。
回向を見つめる蓮と羽矢さんの表情は、誇らしげだった。
それは僕も同じで。
神祇伯とは道が違うと、悩んでいた回向に蓮が言った言葉を思い出す。
『神の迹を垂れるものが、目に見えていたっていいだろう?』
回向の衣の袖が、バサリと音を立てて翻った。
「戒は定めず、共有もしない」
そうはっきりとした口調で言った回向は、法衣を纏っていた。




