第22話 接近
「名乗るよう、与えられた名……ね。成程……」
回向の言葉を受けて羽矢さんは、静かに頷きながら口を開いた。
そっと目を伏せ、何やら思う事があるだろう中、言葉を続ける。
目線を上げると同時に続けられた言葉は、核心を突いている。
「どの道……正統な系譜に並ぶ事はないだろう。その名を与えられたのも、その系統を支える為の臣下として、表に立つ事が出来るという訳だろ。それは水景……神祇伯、回向……あんたたちと同じ位置で、張り合う事が出来るという事だ。その準備が出来たんじゃないのか。今まで見せる事のなかった姿を現したのは、布告だと捉えた方が理解し易い」
羽矢さんの言葉に神祇伯は、深い溜息をついた。
そして、羽矢さんに言葉を返す事なく、蓮へと目線を移す。
「流の様子はどうだ」
蓮は、変わりはないと首を横に振る。
「……そうか」
神祇伯は、また溜息をつくと、踵を返した。
僕たちは、この場を後にし始める、神祇伯の背中へと目を向ける。
「うん……?」
同じ方向を見ていた僕たちだったが、蓮が眉を顰めた。
「どうした、蓮」
羽矢さんの声を聞くよりも先に、蓮が神祇伯を追う。
「おい、蓮……!」
蓮が神祇伯へと手を伸ばした瞬間。
ザアッと強い風が木々を揺らして吹き抜け、無数に舞い散った葉が視界を遮った。
一瞬だった。
葉が地へと落ち、視界が開けたが、神祇伯の姿がない。
神祇伯がこの場を後にし始め、蓮はその後を直ぐに追っていた。
追いつけない程の距離ではなかった……。
「……羽矢」
蓮が羽矢さんを振り向く。
「……ああ」
羽矢さんは、回向を振り向いた。
そして、目線を仰ぎ、ふうっと息をつくと、小さくも呟く。
「……怖いな」
そう呟いてはいたが、羽矢さんの表情に恐れは見えなかった。
蓮が羽矢さんの元へと戻り、羽矢さんの隣にいる僕を背後に回した。
羽矢さんは、再度、回向へと目線を戻す。
回向は、俯き加減にクスクスと静かに笑いながら、片手で顔を覆う。
笑みを止めると、顔を覆う手を離し、顔を上げた。
……回向じゃない。
僕は驚いていたが、蓮も羽矢さんも冷静で、羽矢さんは冷ややかな目をその姿に向けていた。
互いに近い距離。どちらかが手を出そうとすれば、直ぐに闘いになる事だろう。
だが、相手からしても手を出そうとしてこないのは、余裕の表れでもあり、羽矢さんにしても相手のそんな思いなど察している事だ。
「死口など……そのような低俗な術を願うとは、それこそ真偽が問われますね」
嘲笑するような言い方であったが、そんな挑発に乗る二人じゃない。
蓮は、呆れたように溜息をつくと、口を開く。
「盗み聞きも甚だしいな。何処からだと問いたいところだが……まあ、どうでもいいか、なあ、羽矢?」
「成程ね……死口でなくとも、本人だと信じさせるものがあれば、疑う事もない、か……ふん……回向の言葉は警告だったな」
「馬鹿だな、羽矢……そもそも死口でなくとも知る事が出来るものに、真偽が問われる死口を本気で回向にさせるかよ」
鼻で笑う蓮。羽矢さんは苦笑する。
「蓮……お前って本当に策士だよな……どうりであの時、話になかった事をいきなり回向に言った訳だ」
「ふふ……経緯など、結果を決める手段に過ぎません。それに……物語には人が必要ですからね」
そう言いながら男は、ゆっくりと目を閉じる。
「……門は何処にでも開く事が出来る……正解です」
その目が再度、開かれると同時に身を纏う衣が紫衣に変わり、僕たちの目の前に門が現れた。
紫水……明鏡。
紫衣を纏った男は、そっと目を伏せ、クスリと笑う。
目線を僕たちへと向けると、笑みを湛えた表情で言葉を続けた。
「それならば今度は、本当にお聞きになってみるのは如何ですか……?」
門の上部は……死者の置き場所……。
そこに神祇伯と回向がいると、明鏡は言った。




