第21話 落胤
「官僧から離脱し、遁世した僧侶……奎迦が門を開くに、元となった者の後継が現れた……と」
神祇伯のその言葉に、僕たちの目線は羽矢さんへと向く。
羽矢さんの心情を思えば思う程に、複雑な思いを抱えたが、羽矢さんの表情に変化はなく、神祇伯の言葉を聞く前から理解しているという表情だった。
ああ……そうだ。
冥府から戻って来た羽矢さんは、住職に答えを求めていた。
『ご存知ですよね……住職……?』
住職に詰め寄るようにも聞こえた羽矢さんのあの言葉は、その確証を得ていたものだった。
住職が門を開くに、元となった僧侶。その僧侶から法を学んだという事か……。
寺の後継である羽矢さんが、そういった流れを知らないはずもない。
心配を含めた皆の目線が、羽矢さんに集中する事に、羽矢さんは困ったように静かに笑った。
クシャクシャと髪を掻くと、羽矢さんは、神祇伯に言葉を返す。
「あー……こう答えたら何だけど、ジジイはその元となった者の事は、もう分かっているんで。ただ……」
「ただ……?」
神祇伯は、羽矢さんの言葉の先を促す。
「ただ、継承はある時期で途絶えたと聞いた。探してみたが、やはり寺も庵もない。だがそれでも、紫衣が引き継がれている……前聖王は、その事について何か知っていたのでは?」
羽矢さんの言葉に、神祇伯はそっと目を伏せた。
その仕草に、羽矢さんが言った事が間違いではないと思わせた。
羽矢さんは言葉を続ける。
「あれは……回向のものとは異なる言動だった。それが死口である事はその様子でも分かったが、前聖王であるだろう言動を、わざわざ俺たちに聞かせるなど……ましてや、俺の寺の門に、奴は門を開いていた。それが自身の領域だと示すようにもね……」
「ああ、その門は羅城門だったと……回向から聞いたが」
「荒廃し、その上部には死者が打ち捨てられていた……都城の正門。その門を自身の領域として開く事が出来るなど……国主と関わりがないとは言えないだろう」
「……荒廃……か。そうだな……」
「親父」
躊躇するようにも深い溜息を漏らす神祇伯に、回向が背中を押す。
神祇伯は、表情を曇らせながら、話を始めた。
「遁世……位を得る事を捨て、何処にも属する事なく、その身一つで仏道を歩む再出家者だ。ゆくゆくは新たに門を開き、開祖となる事もあるが、門弟がなければ受け継がれる事もない。だが、その思想が時を経て、また浮き上がってくるのには、継承に値する者の存在が不可欠だ。そしてその中には、その思想を鎮護国家の為と重要視し、重ねて尊王の流れを組む者の存在として、権力誇示に必要な系譜が絡んでくるものだ。そこに充てがう後継者が必要なんだよ。その後継が途絶えてしまったなら、正統な系譜にはないが、庶子を表に出し、そこに充てる……つまりその者は……」
一度途絶えた継承が、どういった流れで復活したのか、それが明かされた。
「落胤だ」
……落胤……。
羽矢さんの寺院に現れたあの人影。
紫衣を纏い、その存在を指し示すかのように……。
今になって自身の存在が示されるという事に、どういった思いを持って現れたのか……それは複雑に思えた。
「その者の名は、ご存じで?」
羽矢さんが訊ねると、回向が答えた。
「紫水 明鏡……だがこれは、元々の名じゃない。そう名乗るよう、与えられた名だ」




