第20話 遁世
羽矢さんは、その場を後にし始めたが、僕と蓮は、直ぐに羽矢さんを追いはしなかった。
高宮は、深い溜息をつき、肩を落とす。
その様子を見兼ねた蓮が、高宮へと近づいた。
「……高宮」
蓮の呼び声にも高宮は、目を伏せたままで、溜息を繰り返した。
「……私の問題を……背負わせ過ぎてしまいました」
「羽矢は別に、お前に怒っている訳じゃねえよ」
「答えを急いだのは、私ですから……力を借りるという事は、巻き込んでしまうという事……分かっていても、あなた方の顔しか浮かばなかった……」
「お前だけの問題でもねえだろ」
蓮のその言葉に、高宮は顔を上げた。
「羽矢は、俺に同じ事を言ったよ」
「……紫条さん」
「お前だけの問題じゃないんだ……お前だけの問題じゃない」
蓮の言葉に高宮は、表情を引き締めた。
「……私の方でも調べてみます。紫衣をつける事を勅許した者の事を」
「ああ……そうだな、お前も知っておいた方がいいだろう。依、行こう。羽矢の事だから、外には出ていないだろう。きっと待っている」
「はい」
僕と蓮も場を後にし、羽矢さんを追った。
羽矢さんは、やはり僕たちを待っていたようで、回廊で佇んでいた。
整えられた庭園を眺めている羽矢さんに、僕たちは近づく。
僕たちに気づくと羽矢さんは、ゆっくりと振り向き、静かに笑みを漏らした。
「羽矢」
「……蓮、悪かったな。ちゃんと話を聞く前に、出て来ちまった」
「いや……大体の事は察しはついている。それに神祇伯のところに向かえば、もう少し深い話に辿り着けるだろ」
「……言いそうになっちまったんだ」
「分かっていたよ。回向の事だろ。あの回向が操られるなんてな……」
「……ああ。それを言ったら、あいつ……また……自分を犠牲にするだろ。あの時とはもう立場が違う。守らなければならないものの大きさが、自身の目に見える範囲より遥かに広いんだ……自分の思いだけに向かって、善にも悪にも成り代われるなど……あっていい訳がない」
「……そうだな。指針であるべき存在……か」
「……ああ」
羽矢さんは、深い溜息をつき、気持ちを落ち着かせているようだった。
「それにしても羽矢……」
蓮は、ニヤリと笑みを向ける。
「なんだよ、蓮?」
「『俺がそんなに攻撃的に見えるか?』」
揶揄うように言う蓮に、羽矢さんの顔が引き攣る。
「俺には見えるけどな? だってお前、執念の塊だろ?」
「蓮……あのな……」
羽矢さんは、呆れた顔を見せたが、直ぐに表情を和らげて笑った。
「じゃあ、行くか。蓮、依」
羽矢さんが先に歩を踏み出し、僕たちは、神祇伯の元へと向かった。
陵に辿り着いた僕たちは、神祇伯の姿を探す。
その姿よりも先に目に捉えられたのは、回向だった。
「やっぱりあいつ……先に来ていたか」
蓮はそう言って、回向の元へと歩を進める。
昨日の事もあり、父親である神祇伯に訊ねたのだろう。
回向は、僕たちに気づくと、神祇伯を呼んだ。
「……子息」
神祇伯から聞かされる言葉は、羽矢さんの予想通りだった。
掘り起こされた墓は、骨全てを奪われた訳ではなく、喉仏だけが奪われていたという。
事が事だけに、神祇伯の表情も深刻ではあったが、それだけに留まらないのは、回向の表情を見ても分かった。
神祇伯の目線が、羽矢さんに向けられる。
神祇伯の口から明かされる話には、これまで歩んで来た道を振り返るものが原点であったと言うには、あまりにも苦しいものだった。
「奎迦に伝えてくれないか。官僧から離脱し、遁世した僧侶……奎迦が門を開くに、元となった者の後継が現れた……と」




