第17話 召致
羽矢さんの寺院に現れた、人影の顔までは分からなかった。
ただ一つ見えたのは、身につけていた衣……それは紫衣だった。
『誄詞の際に諡号が贈られたなら、それは高位の者といっても、国主に限られます。そして、誄詞を奏した者は、高僧であったと思われます』
高僧……。
あの人影を羽矢さんの使い魔が追っている事もあり、突き止めてからにしようと話し、僕と蓮は紫条家へと戻った。
当主様の様子も気掛かりであった僕たちは、当主様の式神である柊に様子を聞いた。
柊は、ただ部屋の前で見守っている事しか出来ないと、寂しげな表情を浮かべていた。
蓮は、当主様がどのような術をもって行なっているのかを分かっているだけに、複雑な思いだろう。
間に入る事は許されない……それを破れば、ここ数日、当主様が力を注いでいたもの全てを無にしてしまう事になるからだ。
蓮は、扉にそっと手を触れ、祈るようにも目を閉じた。
「……父上」
「蓮様……流様は、自らが部屋を出るまで、何方も通してはならないと……わたくしはそう仰せつかっております。出て来なければ様子を見に来て欲しいとは、仰せつかっておりません。自らが部屋を出ると……申しておりました」
「……分かっている。ありがとう、柊。父上を頼む」
「お任せ下さいませ」
蓮は、扉から手を離し、その場を後にし始める。僕も蓮について、歩を踏み出した。
翌日。
蓮の元に使いの者が訪ねて来た。
蓮は、表情を曇らせてはいたが、承諾したようだ。
その日の内に伝えられた場所へと、羽矢さんにも声を掛け、共に向かった。
……中に入るのは初めてだ。
思わず辺りを見回してしまう。
案内されるまま、長い回廊を抜け、整えられた庭園を眺めながら、一つの部屋へと入った。
「よくお越し下さいました」
僕たちの姿を見るなり、聞き覚えのある声が僕たちを迎えた。
承諾したとはいえ、蓮の表情は不機嫌そうだった。
その不機嫌さが、そのまま声になる。
「なんで俺が、お前に呼びつけられなければならねえんだよ?」
「おーい、蓮。『聖王様』に失礼だぞー」
聖王……現在の国主。
僕たちの目の前にいるのは、高宮 右京だ。
昨日の事もあり、そんな状況下での高宮からの呼び出しに、穏やかならないものを感じざるを得なかった。
「そう言っている割には、気持ちが籠ってねえんだよ。お前だって同じだろうが。馬鹿羽矢」
蓮の苛立ちが羽矢さんに向く。
羽矢さんは、笑みを見せているが、苛立ちを吐き出すようについた蓮の溜息に、ピクリと表情が僅かに歪む。
「……おい、蓮……俺だって暇じゃねえんだよっ! 毎日毎日、読経だ誦経だをやってんだぞ? おまけにジジイの説法付きなんだよっ! 漏れる事なくだっ! 大体、呼ばれたのは蓮、お前だけで、俺はお前について来て欲しいと頼まれたから来たんじゃねえかっ!」
蓮と羽矢さんのやりとりに、高宮はクスクスと笑う。
「相変わらず……ですね。嘘がない。だからこそ、あなた方でなければ……と、思いまして」
高宮は、ゆっくりと瞬きをすると、笑みを止める。
「総代や奎迦住職のお力も頂き、前聖王の弔いも無事に終えましたが……」
続けられた高宮の言葉に、蓮と羽矢さんの表情も真顔に変わった。
昨日、僕たちの前に現れた、紫衣を纏った者が関わっているのだろうか……そう思った。
「その墓が……掘り起こされました」




