第43話 国神
宗家と分家。それが向かい合う、神職者と僧侶……。
「死者さえも生き返らせる事が出来るという呪法。それは樟陰宗家だけではないよな」
そう言って蓮は、双方を交互に見た。
両者共、目線を伏せたまま、返答はなかった。
蓮は、羽矢さんに目線を送る。
「承知した。弥勒」
明鏡は頷くと、口を開いた。
「魂は天へと昇り、朽ち果てた身はやがて骨となり、地に沈む。地に沈んだ骨は、魂とその身を呼び戻す為の依代……」
明鏡が口にしたのは、蓮が言った事と同様だった。
その言葉は、明鏡自身に返ってくる言葉であった事に、僕はようやく気づく。
『聖王の墓が掘り起こされました』
だから……喉仏を……。
この僧侶たちが明鏡を後押ししていた、という事か。
全てを想起出来たというのも、これで繋がる。
明鏡は言葉を続けた。
「父……然暁がこの処を選んだ理由が分かりました。参拝の順路が変わった処……元よりあった社は、地上の祭祀をやめて、地底に隠れた。神も仏も同一だと、仏を勧請すると同時に、神も勧請した……当時は廃仏毀釈の真っ只中、それでも父がこの処を開山したのは、あなた方、双方に残すべき思いを託す為だったと、俺は思っています。そして……あなた方僧侶は、父の教えを受けた事がある方々……神職者から僧侶になられた方々ですよね」
明鏡の後に続き、蓮が言う。
「国主の座を狙っての争いが起き、あるべき王の姿が揺らいだのは言うまでもない事だ。国譲りが済んだ事で、どうこう口を挟む事も出来はしない。あんたたちが出来る事はただ一つ……『再生』だろ。骨は魂を呼び戻す依代と言ったが、その魂とは、神の意向であり、受け継がれ続ける血脈だ。その意向に反する者が、国主の座に就く事など許したくはない……だからだろう? 前聖王が逝去し、後継となり得る者は、右京か弥勒か。神職者のあんたたちにとっては、八雲に全てをと思った事もあっただろうが、天表である神宝の呪法は、八雲だけが授かったものだからな。それは、猶子として迎え入れた後、成長の過程で分かった事だろうが……そしてそれが同時に樟陰家の持つ呪法となった。天津神が国主の系統であるのなら、あんたたちはその国を守護する国津神の系統になればいい。そういう事だろう?」
蓮の言葉に、高位の神職者の符を持つ手が、少し震えていた。
符に記された神の名は、祖である天津神だ。祖神となった理由も、八雲の存在が彼らにとって、何よりも大きなものであったからだろう。
国譲りを承諾する、同等の要求……か。
「何故……それが八雲が授かったものであった事をお知りになったのですか」
「ああそうか……まだ言っていなかったな」
蓮は、ふうっと長く息をつくと、言葉を続ける。
「右京は死に追いやられたが、神祇伯は身代わりを立てた。それは仏の慈悲を受けたもの。生死を彷徨っている状態とはなったが、右京がこの世に戻る事が出来たのも、神祇伯と回向の力だけの話ではない」
『進む道は、お前が決めろ』
二つに分かれた道……あの時、蓮は高宮にそう言った。
そして高宮が選んだ道に……高宮はいる。
死者さえも生き返らせる事が出来るという呪法。
やはり……高宮は気づいていたんだ。知っていたんだ。
迷いなく進んだ道に……。
「八雲もだよ」
兄がいると。




