第42話 神宝
明鏡が僧侶たちの歩を進ませ、神職者たちと距離を縮めて向かい合った。
僕たちは、双方を見渡せる位置に動いた。
「少し……話をさせて頂く。大王家の皆々様方に。そして……」
羽矢さんの目線が、神職者たちから僧侶へと変わり、言葉を続けた。
「その分流の皆々様方にも」
大王家とその分流……。
大王家は神職者であり、分流が僧侶……か。
見事に分かれたものだ。
だけど……大王家なんて今は耳にしない。大王家の分流というのも、また同じだ。
隠された姓同様に、王家であったという事を隠していた、隠さなくてはならなかったという事なのだろう。そしてそれは、国譲りが済んでいた事で、もう消えてしまったも同然だった。
神職者側が樟陰家の宗家……だから蓮にあんな事を言ったんだ。
『紫条宗家であるが故の事……』
僕は、神職者たちを見回した。
確かに一族である事は、見ただけでも分かる。
前に出て来た高位の神職者に倣う仕草。皆、同意である事は、ここに揃った事でも分かるが、それはこの者たちが一処となっている事を示している。それは、僧侶側にしても似た様子だった。
そうでなければ、この処にこの者たちが同時に揃うはずもない。
羽矢さんの声が、穏やかに流れる。
「樟の陰に八雲……本当にいい名だよ。八雲が現れた時には、その陰も樟に消える……。陽の当たらない処など無くなると、伝えられていると言って構わない……かな……? それは互いに……ね」
羽矢さんは、目線を明鏡に向け、明鏡は静かに頷きを見せた。そして、羽矢さんも頷きを見せると、僧侶たちへと目線を変え、話を続けた。
「彼の法名は、紫水 明鏡。元名は弥勒という。父親はこの処を開山した然暁だが……彼の法名は前聖王が出家した際に与えられたもの。前聖王は禅僧、然暁は禅僧の心得はあっても、禅僧ではなかった事はご存知かと」
羽矢さんの言葉に、僧侶たちは頷く。
羽矢さんは、その様子を確認した後、言葉を続けた。
「国家鎮護の名の下に必要とされたものは『秘密』だ。秘密とは、呪術的要素を含むものであり、絶対的な存在である国主の座を守る為のもの……あくまで、国主という座を守るものであって、特定の者ではない事を言っておく」
羽矢さんの話を聞く中で、ふと、住職の言葉が思い出された。
『殯の時が長過ぎたのではないのか。認めるに随分と時が掛かったようだが』
殯の時に、鎮魂が行われていた。
あの時の当主様と住職の会話からして、鎮魂を行ったのは神祇伯ではない。
様々な事柄の中で、聖王の体が最後の依代だと思った事があったのも。
鎮魂という儀礼が、大きな意味を持っていた。
「但し、受け継がれていく王座は、同じ血脈でなければならない。どういう意味かは、お察しの通り」
そう言うと羽矢さんは、蓮に言葉を促すように目線を送る。蓮は、静かに頷くと口を開いた。
「鎮魂。これには二つの意味が含まれているという事は、知っている事だろう。その名の通り、魂を鎮める、というのは勿論の事だが、もう一つは魂振……魂を揺り動かして活力を与え、再生するという事だ。答えて貰えないか。神の意向を魂とし、その魂を受け継いでいくもの。王座を魂とするなら、そこに座す者は依代だ。前聖王の殯の際に、鎮魂を行っている。その呪法……天神御祖から授けられた天表でもある、神宝だろ」
鎮魂には二つの意味がある……。
『これを邪術と言うなら、鎮魂という儀礼も邪術になるぞ』
蓮は、双方の様子を見つめながら、言葉を続けた。
「死者さえも生き返らせる事が出来るという呪法……それは、樟陰宗家だけ……ではないよな」




