第41話 大王
符に記された産霊の神の名。それは天津神より以前、天地開闢の時に現れたという神……別天津神だった。
元より神世……その地を治める神がいた。
二度、行われていた国譲り。
それは、公にされなかった、もう一つの天孫降臨だった。
「受け取ってくれ。八雲を守ると決めたなら」
畏れ多くも、そっと両手で符を手にする神職者は、震える声で蓮に答える。
「そのつもりでいたからこそ……八雲と……名を改めさせたのです」
「……知っているよ」
そう答えると蓮は、思い返すような様子で目を伏せ、ふふっと静かに笑みを漏らし、一人呟く。
「まったく……なにが、配置を変える他にない、だ。そもそも、知らないはずがないだろうが」
「御子息……?」
「いや、こっちの話だ。それよりも、八雲を送り込んだのは、高宮 右京と会わせる為だけではなかっただろう? 樟陰の名をそのままに持って送り込んだんだ、荒れるのは目に見えていた事ではないのか? 荒れる事で明らかにしようとした……と言うべきか」
「……ええ。八雲にとって苛酷な状況になる事は、八雲も承知の上でしたが……」
「それが八雲の為でもあり、あんたたちの為でもあったという訳か。右京の即位が決まり、側近になる者には神祇伯が目を光らせていた。そんな中で新たな神官を迎え入れたなら、信頼に値する存在であったという事でもあるが……闇を暴くには最もな存在にもなるだろう。国譲りは既に済み、来生の力に添えていた樟陰家が、右京の即位にあたって再び現れる……真人が崩御し、寝返った者たちは、樟陰家の存在を疎ましく思うのは当然だ。まあ……樟陰家というだけでなく、中には八雲の本当の素性を知っている者もいたかもしれないがな。それはそれで争いを起こさせるに、その者にとっては切り札ともなるという訳だ。初めの国譲りの際に、納得を示さない者がいただろう? 帰順したふりをしていても……な」
「……そこまで……ご存知でしたか」
「知っているも何も……囁かれていたのは、神剣無き即位だったからな。神祇伯は最悪の状況も踏まえて、力を添えるつもりでいたよ。それがその符でもある訳だがな……それは……あんたたちの祖神だろ」
「よく……ここまで辿り着けましたね……その痕跡は……消したつもりでしたが」
「……そうだな。逆に言えば、消えていたからこそ……だったかな。だが……それが見える処がある。その境界を超えて……ね……?」
蓮の目線が羽矢さんに向いた。
羽矢さんは、蓮に頷きを見せると、僕の腕を引いて蓮の元へと向かった。
「……あなたは……」
神職者の表情から、羽矢さんの事も知っているようだ。
神職者と羽矢さんが顔を見合わせる中、明鏡が僧侶たちへと歩を進めて行く。
明鏡は僧侶たちを引き連れ、神職者たちと距離を縮めた。神職者たちは立ち上がり、互いに一礼する。
羽矢さんは、一礼すると口を開いた。
「ご存知と頂けているならば、我々の真意も承知のはず……。我が父、奎迦より伝言が」
……住職が……この者たちに伝言……?
羽矢さんは、明鏡を振り向き、自身の隣に並ばせた。
「その前に少し……話をさせて頂く。元より国を治めていた神……『大王家』の皆々様方に」
羽矢さんの口から出た言葉は、この神職者たちと僧侶たちが、ここに集められた意味を伝えていた。




