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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第四章 堂と廟
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第40話 別神

 蓮は、指に挟んだ符を、前に出て来た神職者に渡すようにそっと向けた。

 神職者は躊躇っているようだった。向けられた符に目線も向けず、手にしようともしない。

 中々、符を受け取ろうとしない神職者に、蓮は符を陽に翳すように少し上へと向けると、符を見つめながらポツリと呟く。


「言い訳も…… 一つの理由だと思うけどな」

 蓮は、ふうっと長い息をつくと、前方に立つ、高位の神職者に問うように目を向ける。

「……御子息……それは……」

 真っ直ぐに向けられた蓮の目線を、受け止める事が出来ずに、神職者は目を伏せた。


 蓮は、再び長く息をつくと、ゆっくりとした口調で話を始めた。

「二つに分かれた系統……交互に即位とはいっても、来生と真人の代になってから始まっていた事ではないんだよな……始まったのは奪い合いだ。まあ……真人の方が一方的だったようだが。そもそも国が分かれていたんだろ。だが、分かれていたのは国とは言っても派閥だ。その派閥を一つにする事が来生の即位後に行われた事だろう。その交渉の末にまだ幼かった八雲を遣わせ、一つとなった後直ぐに、真人は来生からその座を奪った。そしてまた新たな派閥が生まれた。だから……戻るにしても八雲は戻れなかったんじゃないのか。いや…… 戻せなかったと言った方が正しいか。まだ子供だった八雲に行動が起こせるとも思えないしな……あんたたちが戻さなかったんだろ。そのまま八雲を引き取り、八雲をその争いから遠去ける為にも、あんたたちの系統に名を刻んだ」

 蓮の言葉を聞くと高位の神職者は、一歩下がり、(ひざまず)く。そして、その神職者に(なら)い、神職者全てが跪いた。



 あの時……聞いた言葉が頭に浮かんだ。河原での蓮と高宮の会話が八雲の事だったんだと、今になって僕は気づく。


『元々統治していた神から、国を譲り受ける為の交渉に向かった神は、その地に馴染み、戻る事はなかった……国譲りと言えば聞こえはいいが、その言葉だけで簡単に片付けられるものだったか』

『国譲りの承諾は既に済んでいた……そう答えたら、どう思われるでしょうか』

『ならば、その承諾の経緯にあったものが、善か悪かと問われたら、はっきりと答える事は出来るか』

『……難しいですね』


 高宮は……その経緯を知っていたんだ。



「……やめてくれ。俺はあんたたちに頭を下げられる謂れはない。俺はただ……」

 蓮は、片膝をついて、神職者と目線を合わせた。

「その無念を晴らしてやりたかっただけだ」

 そう言うと蓮は、高位の神職者に符を差し出した。

 ゆっくりと符に目線を向ける神職者の表情は、驚きを見せていた。

「……これは……」


 符に記されているのは……産霊(むすひ)の神の名だ。


「受け取ってくれ。あんたたちが八雲を守ると決めたなら」

「……っ……」

 感極まる思いだったのだろう。神職者は声を詰まらせた。そして、震えながらも両手を伸ばし、そっと符を手にすると、込み上げる思いを抑えながら、言葉を吐き出した。


「現聖王……右京様は兄の顔を見る事はありませんでした。それ程に幼い頃の事です。そんな幼子を差し出すという事は、国譲りの条件に嘘偽りのない事を示すというようなもの……裏切りなどない事の証明です。ですが……国を譲ればまた、隙あらば奪おうとする者もいる事も事実……御子息の仰る通りです。せめてもと……右京様の即位の際に神官として送り、お二人を会わせようとしたのですが……その後の事はご存知の事でしょう」

 蓮は、神職者の言葉に納得を示すように二度、小さく頷くと、ゆっくりと立ち上がり、空を見上げる。


「『独神(ひとりかみ)双神(ならびかみ)に地を託し、身を隠す……』そうして……実が結ぶと信じて見守るのだろう」


 緩やかな風が蓮のその言葉を、纏うように流れていくようだった。

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