第39話 復魄
空から無数の符が舞い降りた。
神職者たちは空を仰ぎ、僧侶たちは目を伏せ、両手を合わせる。
蓮の周りを、戯れるようにもふわりと舞いながら、地に落ちる寸前で止まり、またふわりと宙を舞った。
蓮は、舞う符にそっと指先を触れながら、クスリと静かに笑った。
「依代がどういうものなのかは、知っているだろう?」
……依代……。
驚く僕は、小さく息を飲む。
「魂は天へと昇り、朽ち果てた身はやがて骨となり、地に沈む。地に沈んだ骨は、魂とその身を呼び戻す為の依代だ」
蓮はそう言うと、舞う符を一枚、指に挟んだ。
「そしてこれは、依代に移す魂といったところかな……?」
「そのような邪術など……」
反論を始める初老の神職者に。
「邪術だって?」
蓮は言葉を挟んで止めた。
神職者たちをじっと見据え、蓮は言う。
「これを邪術と言うなら、鎮魂という儀礼も邪術になるぞ」
蓮のその言葉に、神職者たちの表情が強張った。
蓮は、指先に挟んだ符を、顔の前で構えるように立てた。
「ああ……そうか……」
そう呟きながら蓮は、クスリと笑みを漏らし、そっと目を伏せる。
神職者たちの足が僅かに後ろに引いた。その様子に、動揺が見て取れた。
符を構える蓮に目を見張りながら、蓮の動きを窺っている。
緊迫感を感じさせる神職者とは逆に、僧侶たちは無だった。ただじっと手を合わせ、目を伏せたままでいる。
張り詰めるような空気感の中、境界を作るようにも、明鏡が蓮と背中合わせに立った。
「そもそも……両者共、骨には意味がないんだったな」
両者共……。それは僧侶たちにも言っていると……。
僕は、答えを求めるようにも、羽矢さんへと目を向けた。
羽矢さんは、僕と目を合わせると、にっこりと笑みを見せて答える。
「僧侶は棺の中の故人に向けて経を唱えている訳じゃないんだ。こう言ったら薄情と思うかもしれないが……勘違いはしないでくれよ。遺族は棺の中の故人に手を合わせ、成仏を願うが、願うならば、壇に置かれる仏に向かって手を合わせるのが、本来の葬儀のあり方だ。だから浄界への導きを与える為に僧侶は、飾られた壇に置かれている仏に向かって経を唱えているんだよ。それが成仏だからな。まあ……意味がないという蓮のあの言い方にも、同じような事が言えるかな」
「それは……解釈の仕方を間違っている……という事ですか」
「ああ、そういう事だ。だが……心というものは、その身との結び付きを強固にしたまま、繋ぎ止める念を作る。その念を魂とするならば、どう考える?」
「招魂復魄……魄はその身、肉体を示すもの……魂を招き、再生するという事ですか」
「ああ。それが、蘇生術を意味させた」
「ですが蓮は、死者を蘇らせる事には否定的だと……」
「だからだろ。だから蓮は怒っている」
羽矢さんの目線が蓮に向く。
「怨念ってさ……次代の指針を示すには、好都合な理由になると思わないか?」
「あ……鎮魂って……」
羽矢さんのその言葉で、全てを理解する。
僕の呟きに羽矢さんは、静かに頷いた。
蓮が地へと向かって符を放つ。
その一枚の符を追うように、宙を舞っていた無数の符も地へと向かった。
全ての符が地へと沈んでいく。
蓮の手が大きく下から上へと振り上げられた。
地に沈んだ符が、一斉に地上へと吹き上がる。
蓮は、一瞬にして戻ってきた符を集めるように、今度は手を左右に振った。
「祖霊の鎮魂は、その意向を受け継ぐ為のものでもあり、祖神の祭祀へと繋がるもの……」
蓮の手の動きに反応する全ての符が、一枚に合わさり、蓮の指へと戻る。
符に記される文字が……変わった。
続けられた蓮の言葉に、この神職者たちの繋がりが明らかになってくる。
「その祭祀を八雲に担わせた。あんたたちが証だとする、その血脈を繋げる為にも……な?」




